北欧対談対談59|木村正裕(元フィンランド大使館商務部上席商務官)|フィーカの時間

[音楽] 皆さん、こんにちは。アンドフィーカの 今泉です。いつもご視聴いただき ありがとうございます。えっと、暑い季節 がやってきました。 えっと、今日カフェトーク59 回目を迎えております。えっと、本日のお客様は元フィンランド大使館部、上務官の、え、木村正弘さんです。 よろしくお願いいたします。 よろしくお願いします。今日59回 結構続いてますね。 ね、続いてますね。回ね。うん。 よろしくお相手できるかどうかわからないんですけどよろしくお願いします。 じゃあちょっとまずご紹介と今あの皆さんにスライドをご覧いただいてるんですけれども はい。 えっと元中日フィンランド大使館石照務官で今はお見つってお自分の会社を そうですね営業ですけれどもあのやっております。はい。 はい。でもずっとずっと同じ感じで活躍されてるように いやそうでもないですね。 結構、あの、なんて言うのかな、現役を 1 度引退したので、ま、あの、自分のプライベートの時間とバランスを取って、ま、あの、かなりいい感じでやっておはりますけれども はい。
そう、私多分木村さんと愛したの 10年、
10年以上前、 10年以上前ですね、多分。 そうですね。多分 15 年ぐらい前じゃないのかなと思うんですけど。 ここまで多分フィンデンソンが始まってからまだ [音楽] 12 年なので多分その速ぐらいだと思うぐらいですね。じゃあね。はい。 で、なんか本当にお忙しい、いつもお忙しそうで私村さんは実はね、あの隠し取りしたことがあって え、そうなんですか? これ。 あ、確かに。あ、これは誰後ろ姿ですけども、あれですよね。 多分これあの半球目の そうです。2019年 フィンランドフェアかなんかのというかな。 はい。そうですね。そうなんですよ。あまりにも忙しそうで 隠し取れしかできなかったんですけど はい。正面に回って写真撮っていただいてもよかったんですけれどもね。 こん時多分あのエレファンティがあのヒレソンのエレファンティが執だったので このテーブルに レーソンのカップとかも使っていただい そうですね。はい。この時そうですね。はい。 そう。で、このお召しになってる このベストがきっかけで実は木村さんに声をかけていただいたが ああ、そうそうでしたっけね。 はい。そうなんですよ。
はい。 最初あの大使館のものですけど、生地を 50cm ほど買うにはどうしたらいいんでしょうか? ああ、そうです。そうです。思い出しました。はい。 で、なんか私大使館の方っていうのと気象 50cm っていうのがすっごく最初違和感があって 何をされるんだなって思ったんです。 はい。 そしたら、あの、奥様がベストを作られるっていうことで、完全プライベートなんで言われて で、作っていただいたのが多分さっきの隠し取り した時でじゃないかと思います。 そうですね。はい。はい。 はい。で、ま、あの、 [音楽] ま、当時からですね、ま、いろんなあの、ピンランドのあのデザインのそのベストをですね、結構作って言わたので、あの、ま、うちの奥さんも作ってたわけですけども、ま、仕事上ね、やっぱりそういうのっていうのはやはり講演会であるとか特書であるとか頼まれた時とかっていうのは何かしらね、フィンランドのもの身につけていきたいなっていうような [音楽] [音楽] あのこともあり、ま た、当時ですけれども、フィンランドのファッション関係のプロモーションも大使館の仕事としてやってたので はい。はい。 それで持って確かお願いしたんじゃないかなという風に思いますけども。 え、何枚ぐらいのべっていうか のべちょっともう数えてくればよかったですけど、もうもう 20枚以上はありましてはい。 [音楽] なので、ま、あの、現役の時だと 1日、あの、1 枚ずつ日でいろんなベストこう来てもですね、大体 1 月以上持つような状態になったので、もう最近ではその、ま、ベストを作るのは、ま、宇宙っていうことで、うん。 代わりになんかこうシャツを作、作ってもらうようになってますけども。 はい。 はい。で、今日あの、お飯だいている そうですね。 これです。これ、これフィンレソンさんのこのこのこういうようなものなんですけれども ピンで分かりますか? 分かります?映ります。あのタグ この胸のところですけれども、これが え、 はい。 これはえっとベ、えっと元々ベッドカバーでしたっけかね。それのあの はい。
記事から作ったんですね。 なので、えっと、非常にこの柄としては大きい柄になってて うん。 あの、うちの奥さんも結構ね、悩んで苦労して作ったみたいですけど はい。はい。で、ベッドカバーちょっと写真あの、見当たらなくて、これが元々のフィンデレソンのこれはえっと去年かな?去年の春 はい。
すごく出た。 あの、えっと、リナヘイ、リナ、リーナヘイの線っていう人の、ま、ハートフルーツっていう うん。うん。 あの、スダンフェードルマットっていうものなんですけど、結構ハフルーツをパート型にして夏らしいからっていうことで うん。 あれですよね。いちゴって人夏の象徴ですか? 7 そうですね。 ちょうど今がですね、えっと、フィンランドではあの一のこのなんて言うかな、旬なんですよね。 [音楽] はい。 で、フィンランドのイチゴっていうのはですね、本当に味が濃いんですね。 で、えっと、結構オーガニックというか、あの、路ジで栽培されたりするので、どちらかっていうと結構大粒で日本と比べると、ま、 [音楽] あの、 味が濃いんですけれども、 ま、あの、フィンダとね、よく、あの、森で取れるベリーっていうのは有名なんですけれども、それと比べてやっぱりそのいちゴっていうのはかなり大きいので豪華なんだよっていうことでのことは 技にですね。えっと、私の土地はあのイチゴが取れる [音楽] はい。 土地であなたの土地はえっとビルベリーベリーが取れる土地ですよみたいなんで、 ま、隣の芝フは多いみたいな そういうような例えてそういうような言でもあるくらいなのでやっぱりイゴっていうのはフィンランド時にとってかなりこの特別な存在でしかも長い冬を得てようやっと経てまあな夏になったっていう 1つの象所長でもあるので うんって結構フィンランドにとって大変フィンランド人にと って大切なもんなのかなという。 はい。はい。はい。 そこで私イチゴすごい好きでいチゴ好きっていうかフルーツ好きで はい。 あのフィンランドでも夏に行くとイチゴを買って ああ
食べるんですけど
美味しいですよね。 すごい美味しいです。あの中まで赤いっていうか ああそうですね。
そうですよね。 はい。はい。 ただあの日本ってほとんど音質 ですけどフィンランドってなんて言うんですかの 路でね。
路栽培ですよね。はい。 ですよね。 はい。太陽の量が違うんですかね?どういうこと? そうですね。えっと、まず 1 つは、えっと、ま、ピンダントって冬すごい寒いじゃないですか。そうするとやっぱりあの、虫というか作物につく虫がですね、冬の間に死んじゃうんですね。うん。 [音楽] なので、あの、農薬とか を巻かなくても、 あの、住むっていうだから、ま、フィンランドの食品に大ガ肉とかも多いって、そういう理由なんですけれども、 あ、冬のが寒いおかげっていうか、それで、 そう、そうなんですね。なんでその、あの、路ジで持って栽培してもそんなにいろんな虫と得がつかないんですよね。 うん。 それでもって、ま、一気に温度が上がるわけですけれども、そっから先は日焼があの、日が出る時間がすごい長いので、 一気にその栄養をガーっとその植物が吸収してできるので、それでその路地栽培なんだけども美味しいできるっていうそういうフィンランドもね、やっぱりうん。 他にもまあ、蜂蜜とかも実はそういうような同じような、ま、背景があるんですけれども はい。はい。 百貨密っていうかフィンランドの蜂蜜ってあれですよね。あのお花が色々 そうですね。百貨密でま、日本だとどちらかっていうと百貨下貨密っていうのは なんかあのアジアの方から輸入されてくれやすいな感じです。 そうですけども実はあの例えばなんしあのなんとかの花のミスとかっていうのは結局人工的にしか作ってないんで あの蜂がねあの自分で花を選んで 取ってくるっての絶対無理なので百密が自然なんですよね。 うん。 で、フィンダントの場合っていうのはそのあのな、冬が終わってあったかくなるのでろんな花が一斉にざって先誇るんですね。 [音楽] なので自然に百貨密になるんですよね。どっかの 1 つの花ばっかりっていうことじゃないので。 はい。
なのでそれは非常にその濃いして うん。 で、しかもその冬の間はその当民してるんですけども 8が あの夏になるともう大体日が沈まなくなるので 24時間
ちょっと 労働基準法違反みたいなともなるんですけれどもそう一生懸命働くのですごい濃い味の水が取れるんですよね。 うん。うん。 なんかだから夏のものだからいいチごとか蜂蜜とかって濃い味のできる。 はい。 あの、決晶化しちゃうのも特徴なんですか? そうですね。あの、どちらかっていうと、そのクリーム状になったりとか決晶化して固くなるっていうのもやっぱりそういう特殊なあの蜂蜜だからなんですよね。日本だとよくね、投化して固まっちゃうんですけど。 [音楽] そう、そうですよね。 日本の方に説明する時にはこれ投化してるんじゃないんですよって、元々ちょっとあの、蜂蜜さん濃すぎてこうなっちゃってるんですよって説明するんですけどね。 [音楽] うん。
はい。 というちょっと自己紹介なくてなんか話がすごい飛んでもう もう実の話自己紹介した方がいいんですか? ちょっと団との出会いての出会いはいという はい ことであの大変なんか夢のない話になってしまうんですけどもなんか あのに出会う前の自己紹介をあ ああ前出会う前ですかね出会う前はですね 私、え、日本のあの、某制薬メーカーの研究所で持ってですね。 [音楽] はい。 その人間の体での中で病気がどういう風してできるのかって、そういう研究してたんですね。 うん。 自己免疫館っていう、ま、病気に研究してたんですけれども はい。はい。 で、その時に、えっと、ま、ま、途中色々 とありまして、で、車内で持って、えっと 、食歴、あの、なんて言うんですかね、 職業をこう変えてくみたいな提案を いただいて、それでもその時決断して、で 、ま、あの、日本の会社当時すごい親切 だったので、あの、ビジネス ネゴシエーションの仕方とか、あとは国 国際契約あの英語で書く国際契約の書き方 とか色々と勉強させていただいて 最終的にはそのシエタっていう
あのその ま日本 の会社との間の研究開発契約を結ぶって いううそのためのその根ゴ交渉人とし てえっと働いてたんですね。 で、当然そうなるとその制約メーカーなので、あの医学的知識とかっていうのがないと当然それに関しては契約もできないので うん。はい。 通常はその研究所の人間とネゴシエーターと 2 人あの現地に赴いて交渉しなければいけないのが 1人でこう 行ってできるんで便利だなっていう話なんですけれどもそんな仕事をしていたんですよ。 たらそうしましたら、ま、その中であの当時の中日ベルギー大使館の定石務官の方もその方も天然体感されてちょっと高齢の方でお亡くなりになってるんですけれども、 その方に非常にお世話になりまして であの皆さんやっぱり大使館の小部って何やらやってるのかなって分からないと思うんですけれどもその時にそういう世界をちょっと買いもみまして ううん。 で、そのどっかの大使館の務官になろうと思ったというのが、ま、それフィンタックに出会、出会うちょっと前のところまでなんですけども。 [音楽] うん。うん。うん。 非常にその雑迫な説明ですけども、ま、そんな形でこう蹴りを積んできたという感じですか。 あ、へえ。もうずっと日本で生まれそうだ。 そうですね。あの、私別に海外で生まれたとか、あの、帰国市場でもないので [音楽] はい。はい。 もう純粋なザジャパニーズサラリーマンでずっとキャそういう感じ今全然しないのでやなんか海外 なんかねそういうようなことよく言われますけどもはいなんだったらこう白髪がなので なんかあのよくねフィンランドとハーフの方ですかとかコ太の方ですかとかって聞かれることもあるんですけども日本人で [音楽] もう本当にあのうん 財閥系の会社 に務めてたのでもうガチガチのもうザササラリーマンがバックグラですね。はい。 え、今ともちょっと考え方とかこう行き方って違うんですか? うーん。やっぱりあのビランド大使館っていうところに務めてで、ま、そこでビンダの文化に触れたりとかですね。 [音楽] やっぱりあと働き方であるとか あとそれからその評価のされ方ですよね。 ともそれは全然こうやっぱり日本の企業と違うので うん。 ピンランド大確かに入った時には非常にそのギャップを感じて なんか最初の半年ぐらいをすごいこう悩ん うん。うん。 ちょっと自分に合わないんじゃないのかなんて思ったこともあるんですけれども、なんとかかんとかその中でもって、まあ大体 25 年ぐらい生きてたんですけども、やっぱり変わったんじゃないのかなと思いますね。 その時に、ま、そういう職業上のそのやり方とかっていうところから変わっていって、その後、ま、フィンダムっていう国をだんだん知るに至って相当を受けたので、ま、当時と全然こうちょっと違う雰囲気の仕事のやり方も含めて人間になってるかなっていう風に思いますけどね。 [音楽] [音楽] うん。 なんか決定的にこういうフィンランド人から言われた言葉とかなどっかで訪れた場所とかなんかそういう なんかそれを覚えてるみたいなのって そうですね。えっとま 1999年の11月1 日にピンダ使館にま、あの入ったんですけれども はい。 で、そっからこう先ほどお話したようにこう悩みながら行って最初のフィンダント市長があの次の年 [音楽] 2000年の2月なんですね。
はい。 で、フィンアに乗って、えっと、ヘルシン新ファンタ空港に着く時に 2 月なので、もう外の新用樹にですね、みんな雪がこうついていって、 すごい寒い風景で、ま、実際にすごい寒かったんですけれども、 その時にああ、フィンランドに来たんだなっていう実感が湧いたのと、その時はもうすごい悩んでたので、もしかしたらこれが最初で最後のフィンダント出張になる かもななんていう風に思っていたっていう のがフィンダののとの出会いの中で結構 まず第1印象ですよね。で、ともかく 容赦なくその当時の上司にあの ビジネスアポイントメント を詰め込まれていたのでその時はま、 フィンダントはそのなんていうのかな特に 味わうこともなく
うんただひたすら あのミーティングルーム の光景が思い出されるんですけれども1個 だけですねえそのえカンファレンスルーム があのヘルシンに面てるところでそこに ちょどバイキングラインがちょうどつく目 の前ですけどもその大きなあの先体が 交流バリバリ割りながら当時はあの温暖化 してなかった海がもうあの氷結してたん ですけど割りながらその
進んできたって いうのは全のこう印象に残ってますね。 うん。
はい。 それがまあフィンダルとのこの出会いって 思ってで、ま、徐々にだんだん自分で仕事 の成果も出るようになってで、やっぱり あの欧米の文化っていうの成果主義なので あの比較的自由にあの自分の勤務時間こう コントロールしながらそうやって成果を 出せばちゃんとこの認めてくれるん うんうん リラックスしながら仕事をする中でフィンダントっていう国とかフィンダントの文化にだんだんと目が向いてきたっていうのがま、入って 1 年間のまあなんか自分の気持ちの動きみたいなところがありますよね。 はい。
うん。 ま、そこから毎年毎年フィンランドに繰り返し そうですね。 ま、あの、担当分野とかその人のワーキングスタイルに乗っても違うと思うんですけども、私の場合は大体年に 4回とか5 回ぐらいは、ま、あの、出張で行っていましたし、ま うん、 フィンダントとかフィンダント人っていうものがすごい好きになったので、それは自分で幸運だったなと思うんですけれども うん。 なのでプライベートでも行ったりしてたので、ま、平均すると、ま、年間 60 日ぐらいは、ま、フィンダントにこう滞在するような形ですかね。で、まあ、年にうん、 5
回とか6回とか多い時で 8回行った時もありますけれども うん。来たり大変ですよね。 そうですね。 なのでそのがですねのちょうど中間地帯でずっと暮らす週間がついてあの日本ではかなりこの遅く寝てみたいな感じでそのちょうど中間で持ってずっと 25年間生活してました。はい。 じさんが大体お互いに3 時間ぐらいなんで調整かなみたいな。 ま、そうですよね。でもフィンランドとの仕事は はい。 比較的時的にはやりやすいですよね。アメリカとか。うん。 あともうちょっとあの西の方のヨーロッパと比べると頑張ればその 4時間ところで従え時と はい。なんかまあね6 時間なのでちょうど頭の中であの計算もしやすいですし [音楽] うん。 ま、そういう意味ではまあね働きやすい国なのかなという風には思ってますけども はい。うん。うん。 え、お仕事はあですよね。メインは。 そうですね。 で、ま、幸いにして、ま、あの、あの、務部っていうのは当時ですけども、フィンランド通局って呼ばれてるところの轄 [音楽] の下に入っていたんですけれども、 一応そこであの英語でドキュメンテーションしても一応それはちゃんとオフィシャルなものとしてあの、認めていただけるというような ところもありましたし、あの、ご存知だと思いますけれどもフィンランド人っていうのはほとんど 街のお土産もね、あの、おばちゃんまで英語がペラペラに喋れるのでなので英語で主に、ま、仕事をしてはいましたけども、 ただま、 それだけだとやっぱりあの、もっと懐に飛び込まなければいけないとかっていう時があるのでなので、ま、フィンランドもすごい難しいんですけれども、ちょっと途中ね、あの、結構挫折気味ですけども、フィンランドも一応ある程度はこう勉強をさせていただきまし [音楽] 最後でもにはならなかったですけど。 うん。 ただまあどんな話題を話してるんだろうなぐらいの雰囲気ですかね。そんなものが分かるのとか、あとちょっとしたところで友が簡単な品が使えるとかっていうのはやっぱりそれを大切 [音楽] [音楽] うん。やっぱりね、心が通い合う感じはしますよね。 結構その喜んでいただけるので、そういう意味ではあの、ま、フィンダントに滞在中に [音楽] あの聞こえてくる言葉あれどういう意味なのとかって聞いてあの覚えたあの言い回しの方があの語学教室でも何度もよりもなんかやっぱり身についたのはやっぱり不思議だなと思いますけども。 [音楽] はい。 うん。うん。うん。最初はこのメディカルの世界から はい。 大使館さんに入られた時はそのメディカル分野をされてたってことなんですか? そうですね。あの、ま、新聞のですね、求人広告見て応募したったんですけれども はい。はい。あんま夢のない話なんです けれども、当時はメフィンダとか全然 わからなくて、で、ただ、え、ちょうど 時代が変わってですね、えっと、それ、 その前までは消務官てジェネラリストが まとめられてたので、ま、経済学出の方と か多かったんですけど、ちょうど我々の頃 っていうのは、それぞれの産業分野専門家 をこう欲しいようなそういうトレンドが あったので、ま、あの、私、ま、あ 医学の知識があってビジネスの経験もあり人を募集っていうことで持って応募してったのであの医学関係ですよね。あとま制約関係であるとか医療危機とかあとそれから当時日本でようやっと高齢化社会が問題化してきたのでちょうど介護保険法ができる前後なんですけれども [音楽] はい。 あの、当時のフィンランドの、えっと、高齢者介護っていうのはすごい日本に比べると進んでいたので、 そういうものをあの日本にあのコンセプトも含めて導したりとかっていうような最初そういうようなこう健康医学系の仕事ずっとこうしていたんですけれども [音楽] うん。うん。 ま、あの、先輩の務官がこう丁年でやめられたりして、その産業部分はどうしようかっていうんで、その隣接の食品を担当するようになったりとか、 最終的には、ま、あの、私こうデザインとかアートとかっていうのも多少の色々経験があったので、あの、デザイン商材であるとかファッションとかっていうのも うん。 最終的にはだからなんか知らない間に非常に幅ひどい単位が知らない間です。 そうそう知らないところで持ってまずっと書くとしては医療系とかあの健康福祉権があるんですけれどもそういうような食品関係とか うん。 また自分でやっててもこう楽しいんですよね。 ああ、 やっぱりあのそれ好きなものだから良かったなと思うんですけれども、食べるのとか料理するのも好きですし、あとだからデザインとか あのファッションとかっていうのも結構好きなので うん。 あのそういう面では、ま、ジェネラリストですけど、ま、好きな、好きな国の好きな部分をこう担当させていただいたっていうのは [音楽] うん。うん。 あの、長続きした理由なのかなっていう風に思ってね。 うん。でもビジネスの規模とかするとやっぱりメディカルとかのがうんと大きいわけですよね。 そうですね。ま、あの、ビジネスの規模はすごい大きいんですけども、ただ日本の会社の規模に比べると すごいこう小さいんですよね。 だからフィンダってのここですよって言われても言だと、ま、中小企業の波のサイズだったりするのではい。 そこのところのギャップ感っていうのを埋めるのもやっぱり仕事の 1つ
マッチングの規模感の違いを そうですね。 あの、ま、もちろんテクノロジーであるとか、ま、例えばデザイン材だったデザインの優れたところっていうのありますけども、医療関係なんかもテクノロジーの優れたところとかってのあるんですけれども、それをいかにその日本の会社さんにこの小さい会社なんで大丈夫なのっていうところを分かってあの、いただくのかっていうのはやっぱり 1つ、ま、苦労したところですし、 あの、うん、 慣れなければいけないところだったと思いますけれ もうない。 え、例えばキリトルとかもそういう分野ですか? そうですね。キリトルはもう、あの、私が入った時にはもうすでに日本国内には、ま、ロッテさんを通じて入っていたのでうん。うん。 [音楽] あの、そこのところでは私はその岸との導入みたいなあれはすごい難しかったというも聞いてますけども、 苦労はしなかったんですけれども、ただ、ま、ロッテさんがプロモーションする時に少しこう協力差し上げたいっていうようなこともね、含めてやりましたけれどもはい。うん。うん。 [音楽] ネンランドってすごくメディカルなところすごく進んでる。 なかなかなかなかこう一般的なところにはやっぱデザインとかアートの方が分かりやすいから はいはいはいはい 広がりやすいっていうのありますよね。 そうですね。うん。 ただ、ま、メディカルとか、あの、高齢者会介護とかもそちらの分野の方だとやっぱりフィンランドのこの名前、その会社の名前とかそのテクニックの名前とかっていうのを皆さんご存知だったりするので、 [音楽] その話をすると、あ、あれフィンランド大のものだったんですかとか、あの商品はフィンランドのものだったんですねみたいな話が出てきたこともあって、あの、それは非常に面白いね、 あのところだと思いますけれ うん。日本の介護施設でそうのものを取り入れられてるところてたくさんあるですか? えっと、ま、そもそも最初にえっと当時があのた、あのフィンランドのもの一生懸命こう日本に導入しようって言ってた時には [音楽] 日本の高齢者施設を訪問すると なんか本当今では考えられないんですけれども 20畳ぐらいの畳のところに びっしりと布団が引いてあって は そこでもってあんまり日があったってないような薄いところにお年寄りがみんな寝かせられているっていうのですごいショックを受けて 2000 年代ぐらいでもそんな感じだったんですか? そうです。そうです。それであのトイレとかも共同トイレでなんか汚い公衆トイレみたいなそんなのがその施設の中にあったりして うん。うん。 で、自分とか自分の親はこういう風になりたくないなっていうのが、ま、正直な感想だったんですよね。 で、フィンランドとのギャップっていうのすごい感じて、その前に私フィンランドのことをこう勉強してたので はい。はい。 なので、どうし、それはなんとかしなければいけないとかっていうんで、ま、あの、全個室型って言うんで、ま、今当たり前なんですけど。今当たり前なんですけど。 そのコンセプトを日本にこう紹介するとかっていうんで はい。 ま、そのタイミングで、ま、あの、日本の厚生労働省の方も色々と検討していって、最終的にはその 介護施設の設置基準法っていうのがあるんですけども、そこで持って基本全個室にするっていう流れになるんですけれども [音楽] うん。 そこの時にはいろんな、ま、あの、政治家の方であるとか、あの、そういう関係者の方々に呼ばれてフィンランドの実情について 少し、ま、お話しさせていただいたりして、 え、たんですけれども、ま、あの、今ではね、高齢施設も大体はほとんど個室になりましたけど、当時日本の介護職員の方たちからもうすごい抵抗を受けて、 うん。うん。うん。 あんなんじゃ全然もう面倒見れないよとか、あの、 1 人にしてどうにかなったら誰が責任取るんだとかっていう話とかがあったりしてすごい苦労しましたね。 で、ま、その時に、ま、ピンダ健康復センタープロジェクトっていう、ま、ピンランド政府のあの大けのプロジェクトが立ち上がって、それがま、 あのターゲターゲットカントリーが日本っていうことに決まったので、それで私がそれの プロジェクトマネージャーってことになってうん。うん。 で、その1 号施設があの未県仙台士にできて未だにその施設あるんですよ。 うん。へえ。うん。
で、で、 2 号案件が新潟県の赤野市っていうところで、 3 号案件が愛媛県の最上司っていうところで、で、 4 号案件なって、えっと、東京にあるスターツっていう、あの、建築成功会社があるんですけれども、そちらの方にもちょっとコンセプトを入れていただいたりっていうようなこと でもって、一連のフィンダ健康福祉センタープロジェクトっていう 結構力を入れていた もので未だにその関係っていうのは結構いろんな方とも繋がっていますしなんかあの自分の大きな財産だったなていう風に思ってますけど うん。でもね日本の国が変わるちょうどタイミングで はい。
ねすごく時代的にも そうですね。なんか時代にもマッチしていましたし うん。 ま、それなんかがやっぱり私のこのあの務官としての業績で持って 1 番フィンランドっていう国に、ま、ロイトメたものですかね。 [音楽] はい。
うん。 そっか。やっぱりプロジェクトを成功させるって大変ですよね。 ね。だってそんなに幅広い分野うん。 はい。 色々あって頭の切り替えも大変でしょうし。 そうですね。物的な時間も大変ですよね。 なんか一時期は自分であの exelで表を作ってですね、大体最大 [音楽] 16 ぐらいのプロジェクトを同時変更であのやってた時があったので うん。 うん。すごいハードな働き方であんまりあのなんて言うんですかね。 こういうのにフィンランドはちゃんと こう労働者に優しい国でっていうんで、 あんまりこれはね、外には言えないんです けども、裏側ではもうなんかもうなんか 日々ハードワークというような感じですね 。そうですね。あの、フィンランド大使館 さんのあの電話の受付時間すごい短いじゃ ないですか。何
みんな帰っちゃうのかな。 聞いてもそんなこと、 あの、ま、部将にもよると思いますけれども、ま、私の場合は、ま、相当のハードワークで一時期ちょっと過労で倒れて病気になっちゃったりしたこともあるくらいで、 [音楽] うん、 あんまりこんなこと言うとちょっとまずいんですけれども、あの、そんなようなね、当時生活をこのしてましたね。 ふえ。 だからそのなんか大使館の務官とか定石務って言うとなんとなく有価なね生活送って皆さんイメージあるでしょ。 ま、一応私も現役時代はそういうようなイメージを醸し出すようにしてるんですけどもね。 多分今でもそういうようなイメージ多分し出してこうやってお話ししてると思いますけれどもあのね実際ほそうそのそういう生活をができると思って僕転職したんですけども 忙しく 入ったらなんかあの日本の会社に務めてる時に結構 研究関係だと深夜までハードワークで実験したりするんですけども はいはい 少しはマシになるのかなと思い全然も 帰って辛くてですね。もうそれはちょっと ですよね。次差もあるか。 時差もあるし大体午後 5 時ぐらいからいきなりメールとかでガーって増え始めてきてもう帰り作ろうにしようとすると中に連絡が入ってきてえみたいなのとかっていうのもねありますけども。 はい。 じゃ、今は体感されて少し初めて人間的なく そうですね。 あの、まあ、今は、ま、あの、ミア&ザ素っていうところで、ま、 あの、随分長い間、あの、現役めてて、あの、ネットワークがピンタントにあるので、そういう方たちからお声をお伺え、おかけただくんですけれども、まあ、 なんて言うんですかね、その一応仕事を選んで、あの、なるべく仕事はあの、受けないように て、
でも受けちゃうって、 ま、ちょっと受けないとなんとなくフィンランドっていう国仕事ってね、あの、今ではもうお友達もたくさんいるし切れないのは分かってるんですけども、あの、フィンランドっていう国との関係がね。でもやっぱりなんか 仕事もやってた方がちょっと繋がりをキープできるような感じがするので。 うん。 うん。でも、あの、フィンランド人ですごく働いてる人ってやっぱ切り替えがとっても上手じゃないですか? ああ、はい。はい。 で、こっちずっと働いてんのにちゃんとちゃんと森で過ごしたりしてるのが私はまだなんかそれがうまくできてないんですけど。 ああ。ああ。あの、私なんか、ま、途中、ま、その過労で倒れてからこのままじゃまずいと思って はい。 あの、もうその時にはうちに僕だけじゃなくてうちの家庭も全部もうピンダントフィンダント色でも埋まってしまっているので はい。 なので、あの日本国内にやっぱりうコテジの中に森の中に立ててはい。 [音楽] それで持ってそこである程度こう生活用にしてバランスを取るというか、 もう仕事のこと忘れて森の中で持ってあの生活するみたいなライフスタイルを途中からね、こう取り入れ ましたけどもね。 うん。できるようになります。 あの、平日はその分さらに忙しくなったんですけれども、ただそこパンて切り替えて週末とかはうん、 あの、なるべくね、そこで持って自然と一緒にこう強制するみたいなそんなのでってこうやってましたではい。 今でもまあだからそちらの三索の方に行く時間っていうのが、ま、丁年体感してあ、これ増えてるので はい。 あの、それはいいことかなと思いますけど。うん。 はい。うん。 ね、結構お仕事だけじゃなくて、あの、絵描かれたりもするっていうか伺ったんですけど。 ああ、そうですね。とか 絵はちょっと忙しくて、僕は油絵なので油絵はまとまった時間じゃないと書けないんですよね。 うん。 なので天然体感したら書こうと思っているんですけど、まだ 1 枚もかけてないんですけども、ちょっと今引き受ける仕事がどこまでやったらいいのかってこう思考作してる 段階でちょっとまだ仕事の分量が多いのでこれからあのどんどん減らしてこうっていう決してますけども うん。フィンランドでスケッチされてきたりしないんですか? そうですね。 軽くこうスッチしたりとか、あとなんか見るたびにその風景を頭の中にとめておくっていうことは自然にしますよね。あとはだから見てた風景でここういうようなとこで切り取ったらこういう絵になるなっていうんで [音楽] はい。 とかっていうのがありますし、あと僕の場合はいろんなこう音を聞いたりすると絵になって見えてきたりするのでうん。 あのブのね、森の中でも とか、ま、うちの三ソでもそうですけれども 森のあのざめきというかそういうものとか取りの声とか聞くとなんとなくその絵になってきたりするので うん。うん。うん。 バーチャルで持ってなんかこう絵を描いたりは頭の中ではしますけれどもはい。それをこういつが吐き出すのかっていうことでちゃんとやりたいなと思ってますけど。 [笑い] [音楽] へえ。え、 なるほど。すごいなんか話が飛び飛びになってるんですけど。 はい。 じゃあ今のお仕事のことちょっと伺いたくて、今その厳選されて今思考錯誤中とおっしゃってですけど はい。はい。 ど、どこら辺にこう集中されて そうですね、あの、ま、引き受けてる仕事は、ま、実はあのデジタルテクノロジーからあの食品までに引き受けてるんですけれども、ただ自分としてはやっぱりあのフィンランドのね、あの食の文化っていうのが結構奥深いのでなるべくそのなんて言うんですかね、それをちょっと日本の方に紹介したいなっていうのがうん。 [音楽] ありまして、で、ま、元々現役の時に、 あの、日本のその食品バイアさんを フィンランドに連れて行って、いろんな 生産現場をこう回るっていうツアーを自分 で企画してたんですね。プロモーションの ために。 すごい評判良かったので年然年体感してからそれちょっと一般向けにもできないかなっていうことでこれまフードあのフードツーリズムとかって言うらしいんですけれども それなんかをちょうど今から 1 ヶ月弱前ですけどもあの実行してきたところなんですけれども うん あの旅行会社でまあのフィンツアさんってところがあってそちらの方と相談をして はい
今回は北カ なんですけれども、北カルリア の本と持って、え、その、え、各農家とか農さん回ってですね、え、 ダカレリアです。ダカレリアっていうと、 えっと、こちらが、ま、元々カレリア地方なんですね。だ、なんでこの 要素の周り、ここに来たカレリアという風にていくんですけれども はい。ちょっとヘル機から。 ヘルシン機から。そうですね。 結構遠いですね。 遠いですね。あの、今回はえっと、ヘルシン機に早についてそのまま飛行機で持って、 あの、乗り換えて うん。 あの、予約するまで飛行機で一気に飛ぶというような形で、で、ま、あの、元々こうコネクションがある現地のあの、農家さんですよね。 [音楽] はい。さんめて行って、ま、そちらの方で、ま、みんな日本の方はね、あの、 朝ごは食べる時間もなかったでしょうって言うんで、その、なんて言うんですかね、その、あの、さやかな、あの、朝ご飯用意してますって言って言ったら全然さやかじゃなくてですね、本当に立派に用意していただいて、 [音楽] これが、ま、フィンランド人のいいところというか、あの、 カレリア地方の方達ってすごいサービ 精神が王勢だっていうこと有名なんですね。フィンティング国内でもなんか結構社交的なんじゃないですか?そうです。なんか [音楽] うん。親設 ですかね。カレリアンカインドネスとかっていうんですけども はい。で、 ま、あの、その写真で見れるようにその 非常にその心のこもった朝ご飯なんです けども、そちらにはやっぱりこの フィンランドとしては、ま、フィンランド のガストロミーっていうのはそのとか湖で 取れるあの自然のものをの恵みを生かすっ ていう季節のものを生かすっていうものな のがあって、その朝ご飯の時には例えば なんあの新樹 っていうものがあるんですけれども、そこの先にこのちょうど 2週間ぐらい
か1 週間ぐらいかこう先にこういう緑色の新しいも出るんですよね。 それを取って食べるっていう習慣があって、それは元々私も知っていて、あの、フィンダント人の友達と一緒に盛り歩いてくと、みんなブチブチって取ったその場で食べながら歩くとかっていうのもありますし、サラダにしたりしてもいいんですけれども はい。 ちょうど今お見せしてる写真の左側のその緑ってのその先をこ取ってやつなんですけども、 それをこの料理の上に散らして食べるとか、 [音楽] あとちょうどこれはあのちょこポコの花がね綺麗に咲くっていうんで はい。 車窓から見ると両側が全部黄色にバーってこう見えるんすごい綺麗な風景なんですけれども うん。 あの右側の方はそのタンぽポのえっと壺ですかね。 それをちょっと甘くったうというのあって、こういう自然の恵をこの食べるっていうのもやっぱりフィンランドガストロンビーのその醍醐みなんで、それはあの私非うん、 日本の方々に伝えたいなと思ってたのをあの私の方で要望してなくてもちゃんと自然に出してくれたっていうのすごい新年でまありがたいなていう風に思いましたけども へえ。 私なんかマサらなんですけど、頭皮って はい。
もみの木と
はい。 紛らわしいじゃないですか。 ああ、紛らしいですよね。はい。はい。どちらかっていうと、ま、豆皮は松の方に近いんですけども、でも香りがすごいあの はい。
もみの木に似ているので。 そうですよね。 で、日本ではその投皮は西洋投避ってないんですけれども、うちの先ほど言った三層にはえっとゴミの木があるので やっぱり春になると その先の新目を積んできてうちなんかのも同じように食べられる。 試しに食べてみたんですけど全然 OKで。
あ、そうなんですね。 はい。それでうちではあのわかんないですよ。 たくさん食べてがあるかどうかわかんないので責任持てませんけども私うちではそういうこうサダにちょっと満食べたいとかっていう春の食べ物にしてますけども [音楽] そうなんですね。ちょっと試しても はい。はい。 あの、お腹壊しても責任でないですけども、一応 そう。なんかフィンダった時に クーシーって ああ、はい。
ね、あの数字の 6ともう1 個投間違えないようにって書いてあって あ、そうですね。てなんだろうみたいなところから調べたことがあってはい。 うん。 一応、ま、顕在としてもね、結構われますけどね。 うん。そうですよね。 なんか音としては知ってても はい。 そんなそんなよく出てくるものだって知らなかったら結構フィンランドに行くとね。その そうですね。よく聞きますけども。そうですよね。はい。はい。うん。 ま、そんなことがあったり、ま、そういうようなフードツーリズムなんて今回はま、あのなんて言うんでしょうね。 あ、ちょうどこれがあの向こうからあのそのもらってきた蜂蜜なんですけども、それ今投目がですね、えっとこれあの中にこの乾燥させた皮の目がこう練り込まれてるので これなんかは本当にあのパンとかに塗って食べるとあの うん。 太新児の目の香りがさっとするんですよね。 うん。俺なんかその現地の蜂蜜農家に あの行った時にそこの蜂蜜農家で作ってるんですよね。うん。 なんで向こうはあのそういう農家さんがあの 色々作ったりするのでこれ大麦のあのなんて言うんですかねものなんですけれども はい。こういうものなんかも実はこの 8 台前から農家やってるっていうところに行ってこではお昼ご飯食べさせてもらったんですけれども [音楽] その時にうちで食う物作ってるんだよって言うんで やっぱり日本農家さんと違うのはちゃんとこうやってこう製品化して見てこれどうなんだろうねっていうので あの一緒に行って行った方々も喜んで食べていただいたんですけども うん。 え、それはオートミールみてホットシリアルなんですか? これはですね、えっと、なんかちょっとこうお湯を足すとあのお屋みたいな感じになるんですけれども、ちょっと日本人好みの味でですね。 なんかこれ僕なんかも、あの、ホームワークしてる時にご飯にちょっと時間がない時とかはこれで持って食べたりするんですけども うん。 こんなものとか、あと今回は白カの樹液を取る現場 はい。 をですね、ちょっと問させていただいて はい。へえ。 白の輪で持ってパイプが重にざってこう広がっていて一気に取るようなところとかあとは今回は [音楽] あのカレリアパイですかねやっぱり地元のものということなんでそうリアパイを作るなんかこの体験教室とか そういうものをこうあのやってえっと日本の方にもそのフィンランドのあの食品を紹介しようっていうようなあの試みをやったりしているのでえ一般の方に [音楽] ね、贅沢な。 そうですね。なかなか現地の農家のところに行ったり農家で農家のところで持ってお昼ご飯とか朝ご飯食べたりとかっていうのは普通のね、一般の方はできないので私が現役時代にあのやってた体験を皆さんに体験していただこうっていうことできればね、第 2 弾あのまた北カレリアなのか他の人なのかわからないですけどもちょっとうん。 そういうのは、ま、たまにはちょっとやって、あの、フィンランドっていう国をちょっと日本の方にも知っていただきたいなっていうのはちょっと考えてると思うんですね。 [音楽] へえ。楽しいですね。なんかちょっと文化的食べ歩きツアーみたいな。 そうですね。 なんかその、ま、あの、やっぱり職務文化の [音楽] 1つなので、 で、特にやっぱりピンランドのガストロノミっていうのは最近世界的にはも儲かない評価を受けているので地元さんの食材であるとかサステナビリティとかオーガニックとかナチュラルとかそういうような、ま、トレンドに、ま、まさに合致してきたっていうような、もう元々フィンダントのあるものがそういうトレンドにちょうど合ってきたっていうタイミングなの うん。 なのでそういうところなんかが、あの、もっと分かっていただきたいなという風に思ってますけどね。 うん。え、参加される方は普通に一般の方なんです? 一般の方ですね。今回これ、ま、あの、パックツアーなので、あの、一般募集かけて [音楽] で、みんなあの、食に興味のある方とか、あとピンランド一通り回ったんだけども、もっと今日のはい。 突き詰めて深いところ深掘りしたい方であるとかなんかあと歩行デザインが好きな方とかいろんな方のこうご参加今回いたんですけれども はい。
なので面白 はい。そんなことをちょっと最近やってますけどはい。 へえ。 なるほど。あ、ちょっと食べ物のこと はい。 食べ物のことって言って全然フィンランドはファッツルのチョコレートなくない?あ、い さっきツのところになんかファッツル食べ放題。あ、そうですね。あの、ま、これは皆さん行かれた方も多いと思いますけども、バンターのね、あの、空港なるバンタっていうとこがあるんですけども、そこのとこにファッチルのビジターセンターっていうのがあるんですよ。 はい。はい。 で、これ昔はですね、えっと、ま、私仕事で行ってた時にはあんまり未整備日だったんですけども、その当時の方が良かったなっていう風に思ってますけども、ていうのは現場見れたりとか色あるんですけども うん。
本当に1 番最初に仕事で行った時にチャーリーとチョコレート工場の世界だなと思ったんですよ。 うーん。で、感じだったんですって、 もう仕事だったので、あの、当時は仕事だったので、あの、最後にチョコレートを買うところがあるんですけども、そこで買わなくてもなんか向こうのは 社員の方がたくさん詰めて、 こんなたくさんチョコレートもらって帰ったりとかっていうのがあったんですけども、ま、ただ今もっと綺麗になってちゃんとツアーで回れるようになってるんですね。 [音楽] うん。 で、そこではあのコーナーがあってチョコレート食べ放題っていうところがあるので、あの皆さんにはちょっとチャーリーとチョコレート工場みたいな体験をちょっとしていただこうっていう思って、あのそこはま、ちょうどね、帰りにバンタに、バンタ空港による前にちょっと立ち寄っていただくっていうことで、 あの、職行っていただけ うん。 うん。ね、このファッチルのこれはインの仕事してると年間にどれだけ食べてるんだろう。 そうですね。はい。
ますよね。 常にうちにはもうなんかファルの食を置く棚があるんですけども、このくらいは必ずもうドカンと置いてあるのではい。 [笑い] そうでも本当日本の夏はフィンランドのチョコレの前もちょうどあのフィンランドのゲストが来てたんですけど やっぱりチョコレート持ってくるんですよね。お土産に。 あ、そうですよね。 この円天下を歩いてお客さんとか持ってくともう結構あ、やばいかもっていう感じ。もっていうね。 そうなんですよ。
うん。そうですよね。 そう。だからちょっとね、これからの季節には はい。 行かないかもしれないんですけど。これは本当日本人の口にも会いますもんね。 ですね。あの実は、ま、あのフィンランドのチョコレートっていうのはヨーロッパのチョコレート文化の原流っていう風に言われてまして、それ全部紹介すると今日時間なくなっちゃうんで、今度そのチョコレートの話ね、また何かする機会でもあれだと思いますけども。 はい。うん。 そう。 あと今日はあのイチゴね、そのいちゴの記事もあるし、やっぱり私にとって なんか夏ってこれフィンランド人が撮った、あの夏といえばいいゴよって言って写真 のポスタなんですけどイチゴだから準備したかったんですけど [音楽] この辺のスーパー色々行ったんですけど イチゴがやっぱ2節はないんですよ。 一瞬が違いますからね。もそれしょうがないですよね。 [音楽] そうだから、あの、これいちゴのあの、仙台出身だっておっしゃったので、イチゴ仙台、仙代、あれ、仙台ってな、な、何てブランドでしたっけ?忘れちゃった。 ちょっとすいません。勉強ってくれる方ですね。はい。 なのでこれ潜在に語あります。とかいうイチゴの はい。
あの、グミしかなかったんです。 あ、そうなんですか。グちゃん、ちゃんとそういうそういう意味で置いてあったんですね。 そうなんです。 さんだからちょっと解説させてくだ。はい。ありがとう。はい。 [笑い] はい。 で、ちょっと話は変わっててかやっぱり 木村さんのその幅広い 幅広いなんて言うんでしょう?共養って言うんですかね?好奇心っていうか はい。
こう何でも楽しめるっていうか はい。 っていうのがこのクリスマスのもうあのプロでクリスマス研究のプロでおられるっていうことで そうですね。はい。 あのクリスマスの世界っていう本もですね、えっと出版しているんですけれども、ま、元々クリスマス関係をですね、実はピンランド大使に入る前からやっていたあの趣味の [音楽] 1つでして
うん。 あの、なので大家に入る時にあの、クリスマスの現稿書いたりしてお金もらったりしてるんで、副業規定にはどうなんでしょうねって話したら、ま、いいんじゃないのっていうのと、ま、とフィンランドは、ま、サンタクロースプロモーションもやってるので、 [音楽] いつかをそのために役に立ってくれよみたいな形で、あの、許されたのでなので、えっと、ま、あの、テレビの番組に出演させていただいたりとか、あの、 [音楽] ずっとずっと継続 的になんですか?
そうですね。 ずやっているので例えばクリスマスの時期になると あのクイズ番組の監 がね来たクリスマス関係クイズの監証が来たりとかあとま うん あの週刊性とかああいうようなあの週刊誌産のクリスマスのコーナーをこう書いたりとか うん あとまあのラジオとかテレビであのクリスマスのことを解説してくださいとかっていうお話が来たりとか [音楽] ううん。 あと、ま、あの、その本自体はクリスマスカードとかクリスマスキッテを中心にしてクリスマスのジェクト週刊紹介してるんですけども、クリスマスのあのオーナメント [音楽] はい。
も、あの、集めているので はい。 えっと、たまにはなんかどっかの博物館ちょっと貸してくださいみたいなので思って、 え、世界中ですか? そうですね。 あの、これクリスマスはあのに入る前からなので、あの、本当に、ま、ヨーロッパ中心ですけども、あの、ま、世界のクリスマスっていうことなので、 [音楽] お話としては、ま、あの、どこの国のクリスマスの話もこうできるというような状態にあるので、それは、ま、あの、実際にやらせていただいている仕事の 1 つですよね。ま、ただピンランドでプロモーションする時にやっぱりクリスマスの話ができるっていうの。 のは1つごうみますよね。はい。 そうですね。うん。 実はコルコルこうなんですよとかフィンダントのクリスマスこうですっていう時にそれはなんでなんでしょうかっていう話がともう頭の中に入ってるのでそういうところっていうのはまあなんかねもこうやって役に立つこともあるんだなと思ってますけども うそれはねメディカルの 硬い専門かかと研究者だと思ったらクリスマスも語れるって大使館からさんからすると何人分みた みたいな感じです ね。よくわからないですけれども。はい。 [音楽] なんかまあ いや、でもこれ読ませていただいたなんか最初 あんまりもっと あのな、何て言うんでしょう?もっとライトなあの実用的なもんかと思ったら結構深いですよね。 はい。あ、そうですね。あの図鑑が綺麗なんでね。 とかっていうのも是非とも皆さんに分かっていただきたかったので うん。 ただえっともう自数が限られてるんですよね。 はい。 ページ何内とか図は点までとかていうあらかじめ決めた上でもってあの見開き [音楽] 2ページずつで1 つの項目っていうそういうようなコンセプトなので あのもっとねさん紹介したくてもちょっと実的にできないとかあんまり分厚い本になってもまなかなか あの販売上ね売れないとか高くなっちゃうとかっていうのもあるのではい はいうねちゃん とこう聖書の背景とかから始まって はい。 コマーシャルなところだけではなくろんな格家庭のこと はい。 まあ、だからそういう意味では、ま、本当にあの、去年の [音楽] 12 月もね、ちょうどあの、アルザスとかあそこら辺っていうのは 2、あの、クリスマスの、ま、伝統とか文化の原流っていうのヨーロッパの各地にあって、それこ 1 区にだんだんまとまってく過程っていうのもあるんですけども、 そのうちの1 つがの大切な場所っていうのはドイツとフランスの国境のアザ司法っていうところあるんですけども、 そこはあのクリスマスのあの文 の発色1つなので そこの周りのこのクリスマスマーケットざーってこう回ってきたところですけれどもうん。 はい。 え、木村さんご自身はクリスマスどういうお祝いの仕方とか過ごし方されるんですか? えっと、ま、大抵をですね、 [音楽] 12月の24 日とかは、えっと、トークショとかなんとかですね、なんかあの時間がこう結構その捉えたりするので [音楽] なのでうちのクリスマスはなんかちょっと日を前後にずらしたりするような形 にはしてますけども、一応うちはクリスマスツリーがですね、えっと、 2mの高さのが2 本ありまして、あの、集めてる、収集してるオーナメントを飾るともうなんか枝が見えなくなるぐらいまでになっちゃうんですよ。なんで たまに博物館とかから貸出しがあるとほ、ほっとするんですけど、それで少しこうばらけるんですけれども、 それをなんかもう大変なんで飾るのが はい。 半泣きになりながらそのでも趣味なって 2本飾るんですけどもま 1日かけて え、お家の中ってことですよね。 あ、うちの中ですね。はい。 うん。 はうち、ま、図書室ってとこあんですけども、そこで持ってもう 1つはリビングルームに2 本んですけれども、 それでもって、ま、あの、クリスマス料理っていうのが、ま、フィンダントでも、あの、各地、あの、世界各地でいろんなクリスマス料理ってあるんですけども、一応もう、 あの、ピ、フィンダフということで、ヨードキンクっていうクリスマスハムっていうのがあるんですけども、あれをメインにして、 なんかそれで持って、ま、クリスマスの、ま、あ あとグロキとかっていうね、 フィンランドの温かいクリスマスのい物であるとか はい。はい。 あとだからヨールトルットっていう、ま、この星型のクリスマスパイとか焼いたりとか うん。 そういうような形で持ってクリスマスを楽しんでますね。 うーん。
で、装飾は いつ下げるんですか?日本流。 それはですね、えっと、日本流ですね。えっと、本題ならば 1月6日うん。 の高原説の時までクリスマスって期間になってるので うん。 えっと、その時に、ま、あの、片付けるっていうのが、ま、そうで国とか家庭によって違うんですけども、大体、ま、ヨーロッパでのパターンなんですけども、 うちの場合やっぱりお正月も酔わないといけないなっていうのがあるので、ギリギリまで飾っておいて、もう 28とか20、12月の28とか29とか ギリギリでもって、それをまた片付けるのがもう涙物ってなんか 家族に好きでやってるんで でしょって言われて好きなんだけどねって言いながらそのクリスマスのものを用品でクリスマスボックスっていうのがあるんですよ。 結構な数なんですけどそこにきっちりパックしていかないと全部収まりきれないので なのでそれをこうねあの壊れ物も多いですし はい
それを一生懸命片付けて うん人には任せられないですよね。 きちん。 うん。ていうかそれ家族もね、そんなの触なので責任持てないとかって話なのでやりますけれども、 まあでクリスマスソングかけてっていうようなんで、あの、ま、ちゃんとね、趣味なのでクリスマスもちゃんと楽しむ、楽しむように、努力してるっていうとおかしいですけども、あの、ちゃんと楽しめるようにちゃんとやってます。 クリスマスカードもやっぱり結構送られるんですか? クリスマスカードはまあ年賀状とはこう違う存在なので金しもあの知り合い全員に送らなければいけないってわけではないんですけども海外の知り合いに大体毎年まして [音楽] 20通ぐらいですかね。 大抵は手作りのあのクリスマスカードというか、こう開くとポップアップでなんか開くバーっとこう開くようなのを毎年あの え、それ1つ1つ作るんですか? そう、ま、全部同じデザインにはするんですけれどもね。 それでもってそこに、ま、 1 年間の近況を、まあ、一応英語で書いておけばインダとかと他の国のお友達で読めるので、英語で持って 1 年間の家族に近なんかをこうちょっと書いたやつをうん。 やったりするんですけれどもね。と、ま、クリスマスカードってもう受け取った側があの、 こうやって株に貼ったりとか飾ったりするんですよね。なんで いや君のところからこうクリスマスカードってね、楽しみ。 なんだよね。みたいなことも聞いたりするので。 うん。 なんかそういう年末はなんかね、あの、こう家族にも協力を頼んだりしてるので、なんか家族も結構大変なんだろうなと思ってなんかなんか家族巻き込んでそんな言ってますね。はい。 [音楽] [笑い] ね、今デジタルのが増えちゃったから本当クリスマスカードもね、減りましたよね。いただきます。すごく そうですね。 本当に私もだから仕事関係とかはもうデジタルのクリスマスカードを作って、ま、送るようにはしてはいますけれども。 はい。 すごい。まだまだ、まだまだなんか木村さんの時代は続くかみたい。いや、そうなんかどよくわからないですけども、ま、ありがたいなと思ってます。 [笑い] こうやってね、あの、好きなフィンダントっていう国にこう関わりをまだ持ってちゃんとこう日々暮らしていますし、そうやって、ま、クリスマスの趣もできるし、 [音楽] 非常にこう恵まれてるなという風に思いながら日々あの、本当に冗談じゃなくて感謝しながら生きてるっていう感じですかね。ええ、まだまだ現役も続けられる感じ。 [音楽] いや、えっと、一応丁年退職をしたおじいさんっていうのが自分のせなので、 その設定に従って体力が続かげ、頭脳が続かげ なんかあの、まあ、なんて言うんですかね。ま、一応丁年退職しリタイあのリタイアした人間で一応趣味って持って仕事もやってるみたいな形でうん。 えね、大変高室でのお話かもしれないですけれども、あの、ボけないようにはい。 はい。あの、
やってます。
はい。 いいと思います。いや、なんかそ、そのシャツを着こなせるっていうだけで ねえ。なんか皆さんだから私いつも派手な格好してるのでただ単に皆さん見慣れてるだけなんで違和感を感じないと思うんですけれどもね。はい。 是非ぜ非、あの、今日の衣装としてじゃなく日々 そうですね。あの、これまたあの他でね、フィンランド関係の、ま、あの、講師をやったりとかいう時にもちゃんとこう 活躍してフィンレソンとは何かとかね、フィンデレデーソンのあの歴史っていうのもね、このままた興味深いので そうなんですね。 ね、そういうお話もちょっとこうね、あの、皆さんにしていこうかなと思ってます。 はい。イチゴの話も あ、そうですね。はい。じゃあピンデーソンの話といちゴの話っていうのこの服着た。 はい。ピンダのフルーツ フルーツツアーを是非 フルーツツアフルーツ かなりね、それはもう突っ込んでね、あれですけども、ま、ともかく、ま、 そんなことでフィンダとのことも少しろんな人たちに分かってほしいなと思って、 まあ、日々生きてるっていう感じですかね。 はい。
ありがとうございます。 なんか終わりに最後に皆さんに一こ。 そうですね、あの、ま、私好きなようにやっているので、あの、好きなようにこうお付き合いただける方はお付き合い是非していただいてフィンっていうものをですね、ちょっと分かっていただくとありがたいなと思っています。 [音楽] フィンランド好きの人間としてはいいところをたくさん見ていただきたいなという風に思ってますので、あの、どっかで見かけた時には、あの、気軽に声がけただければと思ってます。はい。 ありがとうございました。本当今日は楽しいお話行ったり来たりでございもなんか話まとまなくてね、申し訳ないですけど。 いや、でもとっても楽しかったです。 はい。またご本当によろしくお願いいたします。ありがとうございました。 ありがとござんで終わりにしたいと思います。 これからますます暑くなりますので、皆 さんあの、気をつけてお過ごしください。 では

長年にわたり、日本とフィンランドの経済・文化交流の最前線に立ってこられた元フィンランド大使館上席商務官・木村正裕さんをお迎えし、木村さんが経験してこられたさまざまなフィンランドの姿について語っていただきます。お仕事での苦労話、北欧の働き方や暮らし、日本との意外な共通点、そしてここだけのエピソードも!

39歳のときに異業種から転職し、最初は働き方や文化の違いに驚いたという木村さん。
ゆったりしたライフスタイルをイメージしていたものの、真冬に訪れた初めての出張では、ミーティングに追われる毎日だったそうです。その後20年以上にわたり、フィンランドと日本を行き来する人生を歩まれました。これまでの功績が評価され、フィンランド共和国から「フィンランド獅子勲章(ナイト位)」を叙勲。日本とフィンランドの架け橋として、確かな足跡を残されました。木村さんは、昨年退官され、少し自由な時間ができた現在も、これまでの経験と人脈を生かしたお仕事を続けていらっしゃいます。

さらに、クリスマス文化の研究家としての一面にも注目!真夏のトークですが、少しだけ「クリスマス」のお話も。

フィンランドに興味がある方はもちろん、国際交流・北欧文化・働き方に関心のあるすべての方におすすめのトークです。

<ゲストプロフィール>元駐日フィンランド大使館上席商務官。
Suomi & Associates(スオミ アンド アソシエイツ)代表
1999年に駐日フィンランド大使館に商務官として着任。
フィン・日間の医療・食品分野をはじめ、様々な分野における産業・学術交流や、日本におけるフィンランドビジネスのサポート業務を行う。
2024年に定年退官。現在は個人コンサルタントとして活動
クリスマス文化研究家としても知られ、クリスマス関連のトークショー、TVなどのメディア出演、各種監修や執筆活動を行っている。
著書に「絵葉書と切手で知るクリスマスの世界(切手の博物館刊)」がある。
2020年にフィンランド共和国から「フィンランド獅子勲章(ナイト位)」を叙勲。

1件のコメント

  1. ちょうどフィンランドのホテルで拝見しています!是非🍓を堪能しようと思います。
    フィンランドらしい可愛いシャツを着こなせる男性はなかなか日本人にいませんね。とてもお似合いです❤
    木村さんの楽しいお話是非また聞きたいです🥰