11回目『牛サーロインのタリアータ』『牛サーロインのビステッカ』

【牛サーロインのタリアータ】
【牛サーロインのビステッカ】
本来、イタリアのステーキということで、あまり違いはないかもしれないですが、私は、なんかイメージとして、タリアータは、薄い、まあ日本的な厚みで、焼いてから切って出すもの。ビステッカは、厚みのある肉をややレアに焼いて、ローストビーフ的な状態を、厚めにスライスするというイメージが、あります。
タリアータはバルサミコソース、ビステッカは、特に決めておらず、映像は、オニオンソース的なものです。

まかないは、ハンバーグを食べてますね。ハンバーグも色々な、味付け、種類があります。和風、シチュー仕立て、グラタン、おろしポン酢、などありますが、人気なのは、気まぐれハンバーグです。

お客様のご来店を、心よりお待ちしております。

東陽町 七厘家
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〈主人より〉
調理歴35年、令和2年現在59歳です。
一時は、12店舗を経営。長い間には200人を超える、さまざまな分野の調理師たちと仕事をしてきました。それが今の私の引き出しになり、メニュー4000種類にいたりました。
しかし、父の借金3億円を背負い、最初は順調に返済しましたが、居酒屋景気も悪くなり、また失敗や不運も重なり、次第に、状態は悪化、どん底に転落。何をやってもうまくいかず、頑張っても頑張っても、返済に追われ、徐々に銀行、税金、家賃は、いつもギリギリ。たくさんの人たちに迷惑をかけ、あちこちでトラブルを起こしてしまいました。電話がなれば督促だと思い、鳥肌が立ちました。自分の人生は、何なのかと、何度も天を見上げました。死のうとしたことも何度もありました。
まだ小学生だった息子は、家内が、朝から深夜まで、店にいるため、それでなくても、1人で留守番するのです。1人でご飯を食べ、1人で風呂に入り、1人で寝るのです。さみしかったことでしょう。ある日、借金取りが、自宅に向かい、ベルを鳴らしても誰も出ないので、ドアノブをガチャガチャ鳴らしたそうです。小さな息子は、恐怖のあまり、泣きながら食べたものを戻していました。忘れられない出来事でした。
私も家内も、店では明るく振る舞いましたが、つらく苦しい地獄の日々でした。

そうして歯を食いしばっているうちに、15年以上の長い歳月は流れ、ついに返済は終了し、令和元年、残っていた複数の店舗を整理、法人を解散、七厘家1店舗に絞り、また七厘家のランチ営業もやめて、人件費を最小にして、すべてリセットして、1から再スタートした矢先に………このコロナです。
でもどん底の時に、コロナに急襲されていたら、間違いなく倒産し、家族はバラバラになっていたでしょう。良く考えれば、ギリギリセーフなのかもしれません。

長い間、一文無しだった私に、家内は、ついてきてくれました。家内は今でも、帰る時間はいっしょなのに、朝は、私より先に店に向かい、ゴミ箱を洗い、ビールサーバーを洗浄、野菜の切り出しを始めてくれます。すべて1人でやるのは大変です。野菜を切ってくれるのは、とても助かります。息子も、グレたりもせず、立派に成人しました。
ついてきてくれた家族、心配をかけ続けた母は、今だ健在。従業員、そして何よりお客様のために、私は、まだまだ頑張らなくてはなりません。
自粛期間の時に、私は毎日店には来ていましたが、休業すると時間はあるもので、色々考えました。 人生の最後に、小さくてよい、小さい花をもう一度咲かせよう。
やるぞ!そう心に誓いました。

全力で、心を込めて色々なお料理を、できるだけお得な値段で御提供しております。
こちらの動画や、グルメ情報などご覧頂き、少しでも興味がわきましたら、ぜひ一度、お食事に、飲み会に、遊びにいらして下さい。
ひとつだけお願いが、ございます。当店は居酒屋をうたっており、(お通し)を出させて頂いております。(300円)。たくさんの食材を抱えており、オーダーがかたよったり、また今は、コロナで閑散の日もあります。そうして余ってしまった材料を、メニューにはない料理に、仕上げております。一生懸命作っています。この他サービス料などは、一切ございません。どうか御理解のほど、お願いいたします。

これからも東陽町七厘家、よろしくお願いいたします。

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