70歳からの老後生活を支えるのはこれ!101歳の母が残した知らないと必ず損する5つの習慣|老後準備|人生の記録
私の母は2023年の春桜が満回に咲いた 4月のある日に101歳という大王を遂げ ました最後の瞬間まで母の瞳は住んでいて 私の手を握る力も思いの捕かったのです あなたももう80を過ぎたのね母が私に 向けた最後の言葉の1つでしたその時私は 80歳になったばかりでした現在82歳に なった私は母が亡くなってから2年が経っ たは母が生きてきた101年という最の 重みを本当の意味で理解できるようになっ たのです母は大正11年1922年の 生まれでした大正時代の終わりに聖を受け 令和という3つの時代を生き抜いた人でし た担当大震災戦争復興高度経済成長バブル 経済とその崩壊そして現代のデジタル社会 まで全てを間の当たりにしてきた母が子供 の頃から聞かされてきた母の話はまるで 日本の近元大子そのものでしたしかし80 歳を過ぎた今だからこそ分かることがあり ます母が私に語ってくれた数々の言葉は 単なる昔話ではありませんでしたこれは 101年という長い人生を生き抜いた人 だけが到達できる深い知恵だったのです私 は現在82歳です人生の終盤に差しかかっ た今母が残してくれた言葉の真の意味が ようやく心の奥底から理解できるように なりました若い頃は母の話を古い時代の話 として聞き流していました50代60代に なってもまだどこ人ごとのように感じてい たのです70代になってようやく母の言葉 に耳を傾けるようになりましたしかし80 歳を過ぎて初めて母の言葉1つ1つが まるで私自身の体験であるかのように胸に 響くようになったのです母は生前よく私に こう言いました人生は短いようで長く長い ようで短いでも本当に大切なことは年を 重ねなければ分からないものよ当時の私に はこの言葉の意味がよくわかりませんでし たしかし今82歳になった私には母が何を 伝えようとしていたのかが手に取るように わかります母が101年の人生で学んだ こと感じたことそして私たち後の世代に 絶対に伝えておきたかったことそれらは まさに人生の宝物とも言える貴重な教え でした私は母の最後の数年間できる限り母 のそばにいるようにしました90歳を過ぎ てからの母はまるで人生の集体性を語る ように私に様々なことを教えてくれました その中でも特に印象深かった5つの教えが あります母はこれらの教えを絶対に知って おくべき真実と呼んでいましたこれを知ら ずに人生を負えるのはあまりにももったい ない母はそう言って私に語り聞かせてくれ たのです2年前母を見送った時私はこの5 つの真実を忘れないよう心に深く刻み込み ましたそして今82歳になった私だから こそ分かる母の言葉の深さと重みを皆さん にお伝えしたいと思いますこれらの真実は 母が101年という長い人生をかけて学ん だ人生の本質に関わる大切な教えですと 同じように人生の後半を歩まれている皆 さんにとって心に響く内容になると思い ます母の教えは決して説教臭いものでは ありませんむしろ人生を深く味わい最後 まで充実して生きるための実践的な知恵な のです私自身この2年間母の教えを胸に 日々を過ごしてきましたすると80歳を 過ぎてからの人生が以前よりもずっと豊か で意味深いものになったのです年を重ねる ことの不安や恐れが柔らぎ代わりに穏やか な安心感と人生への感謝の気持ちが芽え ました母が101歳まで最後まで輝いて 生きることができた秘密がこの5つの真実 の中にあったのです今日はその第1の真実 からお話しさせていただきますこの真実を 知ることで皆さんの残りの人生がより充実 したものになることを心から願っています 母が私に残してくれた掛けえのない宝物を 皆さんとは勝ち合えることをとても嬉しく 思います思い返せば私が子供の頃母は すでに戦争を経験した大人でした母が20 歳の時太平洋戦争が始まりました青春時代 のほとんどを千家で過ごし食べ物もろに ない中で必死に生き抜いてきたのです母が よく話してくれたのは戦事中の配給制度の 話でしたお米1号がどれほど貴重だったか 母は遠い目をしながら語ってくれました今 の人たちには想像もできないでしょうね1 粒1粒を大切に食べていたのよ戦後母は父 と結婚し私を含む4人の子供を育てました 高度経済成長の波に乗って我が家の生活も 徐々に豊かになっていきましたしかし母は 決して贅沢をすることはありませんでした identの記憶が母の価値観の根底に あったからです私が中学生の頃友達の家に 遊びに行くとその家の豊かさに驚くことが ありましたなぜうちはこんなに失素なん だろうそんな疑問を母にぶつけたことが ありました母は静かに微縁で答えました 本当の豊かさはお金やものの多さじゃない のよ心が満たされているかどうかなの当時 の私には母の言葉の意味がさっぱりは 分かりませんでしたしかし82歳になった 今母の言葉の深い意味がようやく理解 できるようになったのです母は60代に なっても70代になっても常に学び続けて いました新聞を隅から隅まで読みテレビの ニュースに真剣に耳を傾け時代の変化を 敏感に感じ取っていました80歳を過ぎて からは私が自賛したタブレットに興味を 示しインターネットの使い方を覚えました 新しいことを学ぶのは楽しいわね母は子供 のような笑顔で言いました90歳を過ぎて も母の好奇心は衰えることがありません でした近所の人たちからはおばあちゃん 先生と呼ばれ人生相談を受けることも多く ありました母の元には若い人からお年寄り まで様々な人が訪ねてきましたそんな母の 姿を見ていて私は不思議に思ったものです なぜこれほど多くの人が母を慕うのだろう か母には特別な資格があるわけでもなく 有名人でもありませんしかし母と話をした 人は皆満足そうな表情で帰っていくのです 母の魅力の秘密はその人生経験の豊富さと 人に対する深い愛情にありました母は相手 の話を最後まで丁寧に聞き決して批判する ことはありませんでしたそして自分の経験 から得た知恵を相手に押し付けることなく そっと分けてくれるのです人生は1人1人 違うものよだから私の経験が必ずしも 正しいとは限らないでも何かの参考になれ ば嬉しいわ母はいつもそう言っていました 母が95歳の時軽い脳梗速を患いました 幸い大事には至りませんでしたがその時 初めて母の弱さを買いまみました病院の ベッドで母は初めて弱根を吐きましたもう 長くはないかもしれないわねその時私は母 の手を握りしめて言いましたお母さん まだまだ元気でいてください私たちには まだお母さんが必要なんです母は涙を 浮かべながら答えましたありがとうでも私 がいなくなってもあなたたちは大丈夫よ私 が教えたことを忘れないでいてくれれば その時から母は意識的に私たちに人生の 教えを伝えるようになりましたで自分の 人生の集体性を語るように1つ1つの言葉 に重みがありました母が最後の数年間に私 に語ってくれた教えはまさに人生の宝物 でしたそしてその中でも特に印象深かった 5つの教えが今日お話しする絶対に知って おくべき真実なのです母が私に残してくれ た第一の真実は体は正直心は嘘をつくと いう言葉でしたこの言葉を初めて聞いた時 私は少し困惑しました一般的には心の声に 従いなさいとか心に正直に生きなさいと 言われることが多いからですしかし母の 101年という長い人生経験から生まれた この言葉には深い意味がありました母が この真実を私に教えてくれたのは母が98 歳の時でしたその日母は珍しく体調を崩し ていました熱はないもののなんとなく元気 がなく食欲もありませんでした私は心配に なって病院に行きましょうかと提案しまし たすると母はこう答えたのです体が休み なさいと言っているのよ心ではまだ大丈夫 と思いたいけれど体の方が正直なの母は その日1日をベッドで過ごしました翌日に はすっかり元気になっていつものように朝 早くから活動を始めていました昨日体の声 に従って休んだから今日はこんなに元気な のよ母は満足に言いましたこの出来事が母 の第一の真実を理解する大きなきっかけと なったのです母は90代になっても毎朝6 時には気少し近所30分ほど散歩してい ました雨の日以外はほぼ毎日欠かさず続け ていたのです私は時々猛0を過ぎているの だから無理をしなくてもといったことが ありますしかし母はきっぱりと答えました 心ではもう年だからというわけをしたく なるでも体はまだ動けると言っているのよ 体の声の方が正直なの確かに母の足取りは しっかりしていて背筋もまっすぐでした同 年代の人と比べても明らかに元気で健康的 でした母が90代まで畑仕事を続けていた のもこの考え方があったからです我が家の 小さな畑で母は野菜を育てていました トマトキュウリナスピーマンそして季節 ごとの刃物野菜80代の頃からもう そろそろ畑仕事はと周りの人に言われてい ましたしかし母は畑仕事を続けました心で はもう疲れると思うこともあるでも体は土 を触りたがっているの体の方が正直よ母の 手は土に触れている時とても生生きとして いました野菜の成長を見守る母の表情は まるで子供を見守る母親のようでした母が 94歳の時腰を痛めたことがありました その時私たちはもう畑仕事はやめた方が いいと強く進めましたしかし母は腰の痛み が柔らぐとまた畑に向かいました体はもう 少し続けられると言っているのよ心の不安 の方が嘘なの母の判断は正しかったのです 適度な運動として続けた畑仕事が母の健康 維持に大きく貢献していたからです母は 食事についても同じ考え方を持っていまし た心では美味しいものをと思うけれど体は 必要なものをと言っている母の食事は とてもシンプルでしたご飯味噌汁野菜中心 のおかずたまに魚や肉も食べますが基本的 には失素な食事でしたしかし母は食事を心 から楽しんでいました体が喜ぶものを 食べると心も満足するのよ母の言葉通り母 は食事の時間をとても大切にしていました テレビを見ながら食べることはなく食事に 集中していました一口一口を丁寧に味わい 感謝の気持ちを込めて食べていました母が 95歳の時軽い脳梗速を患らった際もこの 考え方が役に立ちました医師からは しばらく安静にしてくださいと言われまし た心では早く元気になってみんなに心配を かけたくないと思っていた母でしたが体の 声に従ってしっかりと給養を取りました体 がゆっくり回復しようと言っているから 焦らないことにしたの母は穏やかに言い ましたそのお金で母の回復は予想以上に 早く意思も驚いていました体の声に従った からこんなに早く良くなったのね母は嬉し そうに言いました私自身も80歳を過ぎて から母のこの教えの大切さを実感するよう になりました以前の私はまだまだ若い まだまだできると心で思い込んで体の疲れ を無視することがよくありましたしかし母 の教えを思い出し体の声に耳を傾けるよう になりました疲れを感じた時は素直に休み 食べたくない時は無理に食べず体が動き たがっている時は適度に運動するすると 以前よりもずっと体調が良くなったのです 母は睡眠についても同じことを言ってい ました心ではまだ起きていたいと思っても 体が眠りたいと言ったら寝る心ではまだ寝 ていたいと思っても体が起きようと言っ たら起きる母の睡眠リズムはとても規則 正しいものでした夜9時頃にはとこに着き 朝6時には自然に目が覚める体に任せて いると自然と良いリズムになるのよ母は そう教えてくれましたまた母は病気や体の 不調についても独特の考え方を持ってい ました体は必要な時に必要な症状を出すの それを薬で無理に抑えるのではなくまず体 の声を聞くことが大切もちろん重得な病気 の場合は意思の診断と治療が必要です しかし軽い風や疲労などの場合母は薬に 頼る前にまず体が求めている休息や栄養を 与えることを優先していました風を引くの は体が休みなさいと言っているサイン薬で 症状を抑えても根本的な解決にはならない わ実際母は風を引いても十分な休速と水分 補給そして体を温めることで薬を使わずに 回復することが多くありました母の子の 考え方は現代医学の観点から森に叶ってい ます体の自然中力を信じそれを最大限に 生かすという考え方です私も80歳を過ぎ てからちょっとした体調不良の際はまず体 の声に耳を傾けるようにしています今体は 何を求めているだろうかそう自分に 問いかけると意外にも答えが見えてくる ことが多いのです収束を求めているのか 栄養を求めているのかそれとも適度な運動 を求めているのか体の声に従って行動する と回復も早くその後の体調も良好に保たれ ます母が教えてくれたこの真実は単に健康 管理の話にとまりません人生全般において 自分の本当の気持ちや状況を正確に把握 することの大切さを教えてくれているの です心は時として見えやプライド周りの 期待などに影響されて本当のことを見え なくしてしまいますしかし体は常に正直 です疲れている時は疲れているし元気な時 は元気です体の声に耳を傾けることで自分 の本当の状態を知ることができるのです母 は最後まで体の声に従っていきました 100歳を過ぎても体が動く限りできる ことは自分でやり続けましたとして体が もう十分といった時母は静かに人生を終え たのです体は嘘をつかない体の声に従えば 最後まで自分らしく生きられるのよこれが 母の第1の真実でした母が私に教えてくれ た第2の真実は人は1人では生きられない でも1人の時間も必要という言葉でした この言葉は一見矛盾しているように 聞こえるかもしれませんしかし101年と いう長い人生を生きた母だからこそ到達 できた人間関係の本質を表した深い知恵 でした母がこの真実を私に語ってくれたの は母が99歳の時でしたその日近所に住む 親しい友人が亡くなったという知らせが 届きましたその方は母より5歳は書く長年 には経って母と交流を続けてきた大切な 友人でした母はその知らせを聞いて静かに 涙を流しましたしばらくして母は私にこう 言いました人は1人では生きられないのよ でも1人の時間がないと本当の自分が 分からなくなってしまう母の人生を 振り返るとこの言葉の意味がよくわかり ます母は先治中多くの困難を経験しました 食料不足空習の恐怖家族の安否への不安 そんな過酷な状況の中で母が最も支えに なったのは近所の人たちとの結びつきでし たあの頃はみんなで助け合わなければ生き ていけなかった母はよくそう話してくれ ました配給の食料を開け合い空習の時は 一緒に暴空号に避難し家族の無事を確認し 合う1人では到底乗り越えられない困難も みんなで力を合わせればなんとか 乗り越えることができました人とのつがり がどれほど大切かをあの時に学んだのよ母 の言葉には深い実感がこもっていましたぼ 母は父と結婚し4人の子供を育てました その時も母は地域の人たちとの関係を大切 にしていました近所の奥さんたちと情報 交換をし子供たちの面倒をお互いに見合い 困った時は助け合うそんな温かい コミュニティの中で母は子育てをしてい ました子育ても1人ではできないみんなで 見守ってこそ子供は健やかに育つのよ実際 私たち兄弟は母だけでなく近所の多くの 大人たちに見守られて育ちました怒られる こともありましたがそれも愛情の現れだと 今になってわかります母が60代になった 頃父が病気で倒れましたその時も母を支え てくれたのは長年気づいてきた人との つがりでした近所の人たちが食事を作って 持ってきてくれたり病院への送迎を手伝っ てくれたり心の支えになってくれました 1人だったらとても乗り越えられなかった みんながいてくれたから頑張れたのよ母は 感謝の気持ちを込めて話してくれました しかし同時に母は1人の時間も大切にして いました毎朝誰よりも早く起きて静かに 1人でお茶を飲む時間夜家族が寝しまった 後1人で本を呼んだり手紙を書いたりする 時間そんな1人の時間を母は何よりも大切 にしていました人と一緒にいる時間も大切 だけれど1人の時間がないと自分が何を 考えているのか何を感じているのかが 分からなくなってしまうの母の子の言葉は とても印象的でした母は80代になっても 毎日必ず1人の時間を作っていました庭の 花を眺めながら静かに物思いに吹ける時間 日記を描いて1日を振り返る時間そんな 1人の時間の中で母は自分自身と向き合っ ていましたの時間があるから人と接する時 も本当の自分でいられるのよ母の人間関係 はとても自然で無理がありませんでした 相手に合わせすぎることもなく自分を 押し通しすぎることもない適度な距離感を 保ちながら深い繋がりを築づいていました 母が90歳を過ぎた頃長年の友人たちが 次々と亡くなっていきましたその度に母は 深い悲しみを感じていましたしかし同時に 新しい出会いも大切にしていました近所に 引っ越してきた若い夫婦や病院で知り合っ た同年代の人たち年齢に関係なく母は人と の新しい繋がりを築づき続けていました人 との繋がりは年を重ねるほど大切になるで も1人でいる時間も年を重ねるほど必要に なるのよ母の子の言葉はとても深い意味を 持っていました年を重ねると体力や気力が 衰えてきます頃のように多くの人と頻繁に 会うことは難しくなりますだからこそ本当 に大切な人との繋がりを見極めることが 重要になりますそして限られた人との 繋がりをより深くより意味のあるものにし ていく必要があります一方で1人でいる 時間も増えてきますその1人の時間を 寂しいものにするか豊かなものにするかは その人次第です母は1人の時間を豊かな ものにする方法を知っていました自分の 人生を振り返り感謝の気持ちを確認しこれ からの時間をどうすごすかを考えるそんな 1人の時間があるからこそ人と接する時も 充実した時間を過ごすことができるのです 私自身も80歳を過ぎてから母のこの教え の大切さを実感しています以前の私は1人 でいることに寂しさを感じることがあり ましたしかし母の教えを思い出し1人の 時間の使い方を変えました1人でいる時間 を自分と向き合う大切な時間として捉える ようになったのですすると1人でいること が苦痛ではなくなりましたむしろ1人の 時間があるからこそ人と会う時間がより 楽しくより意味のあるものになりました母 は人との距離感についても独特の考え方を 持っていました近すぎても遠すぎてもいけ ないちょうど良い距離というものがあるの よ母の人間関係を見ているとこの言葉の 意味がよくわかりました親しい友人とも 適度な距離を保っていました相手の プライバシーに踏み込みすぎることもなく 自分のことも全てを話すわけではありませ んしかし本当に困った時にはお互いに 支え合える関係を気づいていました人はお 互いの自由を尊重し合ってこそ長く つき合っていけるのよ母の子の考え方は 現代の人間関係にも通じるものがあります SNSなどで常に人と繋がっている現代 社会では1人の時間を確保することが 難しくなっていますしかしだからこそ意識 的に1人の時間を作ることが重要になって きますまた現代は個人主義が強くなり人と のつがりが気迫になりがちですしかし人は 本外1人では生きていけない生き物です 特に年を重ねるほど人とのつがりの大切さ が身に染みては勝ってきます母はこの両方 のバランスを上手に取っていました人との 繋がりを大切にしながらも1人の時間も 確保するそのバランスが母の人生を豊かな ものにしていたのです母が最後を迎える時 もこの真実が現れていました家族や友人に 囲まれながらも最後の瞬間は静かに1人で 旅立っていきました人生の最後も人に囲ま れて安心しながらでも最後は1人で行く ものなのね母が生前に言っていた言葉が その通りになりました母の第2の真実は 人間関係の本質を表したとても深い教え でした人とのつがりの大切さと1人でいる ことの価値この両方を理解しバランスよく 実践することが豊かな人生を送る鍵なの です私も82歳になった今この真実を大切 に残りの人生を歩んでいこうと思ってい ます大切な人との繋がりを深めながら1人 の時間も楽しむそんな人生を送ることが できればきっと母のように最後まで充実し た日々を過ごすことができるでしょう母が 私に教えてくれた第3の真実はお金は大事 でもお金より大事なものがあるという言葉 でしたこの言葉を初めて聞いた時私は少し 意外に感じましたなぜなら母は決してお 金持ちではありませんでしたし生活も失素 だったからですしかし母の人生を深く 見つめ直すとこの言葉に込められた深い 知恵が見えてきました母がこの真実を私に 語ってくれたのは母が97歳の時でした その日テレビで経済のニュースを見ていた 時のことです株価の変動や企業の業績に ついて報じられているのを見て母はこう 言いましたお金は確かに大事よでもお金 だけを追いかけていては本当に大切なもの を見失ってしまうの母は戦中本当にお金に 困った経験がありました戦争が晴れしく なるとお金があっても食べ物を買うことが できなくなりました配給制度になりどんな にお金を持っていても決められた分しか 食料を手に入れることができませんあの時 に学べったのよお金は確かに大切だけれど お金では買えないものの方が実は生きて いく上で重要だということ母が戦事中に 最も価値を感じたのは近所の人たちとの 助け合いでしたお金では買えない信頼関係 人とのつがりそして心の支えが本当に困っ た時の支えになったのですお隣のおばさん が配給のお米を少し分けてくれた時の嬉し さは今でも忘れられないお金で買えない 温かさがあったの戦後母は父と結婚し家計 を支えるために様々な工夫をしていました 当時の我が家は決して裕福ではありません でした父の給料だけでは4人の子供を 育てるのは大変でしたしかし母は文句を 言うことなく限られた予算の中で家族を 支えていました母の節約術は本当に見事 でした食材は無駄にせず最後まで使い切る 衣類は大切に扱い破れても作ろって長く 使う電気やガスも必要最小限しか使わない しかし母の節約はただケチケチするのとは 違いました家族の健康や幸せのために本当 に必要なことにはしっかりとお金を使って いましたお金は使うべき時に使い節約す べき時に節約するそのメリ張りが大切なの よ母は私たち子供の教育費は惜しみません でした本を買ってくれたり習い事をさせて くれたり進学のための費用も区面してくれ ました子供たちの将来への投資は何よりも 大切母はそう言っていましたまた母は困っ ている人への手助けも惜しみませんでした 近所で病気になった人がいれば食事を作っ て持っていくお金に困っている家庭があれ ばそっと食材を開けてあげる自分たちの 生活も楽ではないのに母は他の人への 思いやりを忘れませんでしたお金は自分 だけのものじゃない困った時はお互い様な の母の子の考え方は後に大きな恩返しと なって帰ってきました父が病気で働けなく なった時今度は近所の人たちが我が家を 支えてくれました食事を持ってきてくれ たり病院への送迎を手伝ってくれたり様々 な形で助けてもらいました若い頃に舞いた 種がこうして身を結んでくれたのね母は 感謝の気持ちで話してくれました母が70 代になった頃私たち子供も独立しそれなり に収入を得るようになりました私たちは母 にもう少し贅沢をしてもと進めることが ありましたしかし母は変わらず失素な生活 を続けていました今更生活を変える必要は ないわ十分に幸せよ母の部屋には高価な ものは何もありませんでしたしかし家族の 写真がたくさん飾られていて子供や孫から の手紙が大切に保管されていました手作り の小物や友人からもらった花などが部屋を 温かくっていました本当に価値のあるもの はお金では買えないのよ母の言葉通り母の 部屋にはお金では買えない愛情や思い出が 溢れていました母はお金の使い方について も独特の哲学を持っていましたお金は使っ てこそ意味があるでも何に使うかが重要な の母にとって最も価値のあるお金の使い方 は人のために使うことでした家族のため 友人のため困っている人のためそんな使い 方をした時のお金は単なる支出ではなく人 との繋がりを深める投資になっていました お金を人のために使うと不思議と自分豊か になるのよ実際母の周りにはいつも多くの 人が集まっていましたお金持ちではない母 のところになぜこれほど多くの人が集まる のか不思議に思ったものですしかし今に なってわかります母が持っていたのはお金 では買えない魅力だったのです人を 思いやる心困った時に手を差し伸べる優し さそして何事にも感謝する気持ち女母の 人柄に引かれて多くの人が集まってきてい たのです母が80代になった頃私たちは母 の将来について話し合いました老人ホーム に入るか家族が面倒を見るか様々な選択肢 を検討しましたその際肥料の話も出ました しかし母はこう言いましたお金のことは 後回しでいいの1番大切なのは最後まで 自分らしくいられるかどうかよ結局母は 最後まで自宅で過ごすことを選びました 私たちが交代で面倒を見ることになりまし たが母はとても満足していましたお金を かけた立派な施設よりも家族と一緒にい られることの方がずっと価値があるわ母が 90代になってもこの考え方は変わりませ んでした体が不自由になり介護が必要に なっても母は感謝の気持ちを忘れません でしたみんなが私のために時間を使って くれているお金では買えないかけのない 時間よ母は最後まで人への感謝を忘れませ んでしたそして私たちに対してもお金では 表せない愛情を注ぎ続けてくれました母の 異品を整理した時母がこっそり貯めていた お金が見つかりました決して大きな金額で はありませんでしたがその一部に手紙が 添えられていましたこのお金は困った時に 使ってくださいでも本当に大切なのはお 互いを思いやる気持ちです母らしい最後の メッセージでした私自身も82歳になった 今母の子の教えの意味を深く理解してい ます確かにお金は生活していく上で必要 です病気になった時の治療費日々の生活費 将来への備えお金がなければ安心して生活 することはできませんしかしお金だけを 追い求めていては本当に大切なものを 見失ってしまいます家族との時間友人との 語い自然の美しさをめでる心困った人を 助ける喜びそんなお金では買えないもの こそが人生を豊かにしてくれるのです母は お金と上手に付き合う方法を教えてくれ ましたお金を大切にしながらもお金に支配 されない生き方お金では買えない価値を 見つけを大切にする生き方そんな母の生き 方は101歳まで生きた母だからこそ伝え られる貴重な知恵でしたお金は手段であっ て目的ではない本当の目的は幸せな人生を 送ることなのよこれが母の第3の真実でし た現代社会ではお金の価値が角に重視され がちですしかし母の教えを思い出すと本当 に大切なことが見えてきますお金を適切に 管理し必要な時に必要な分だけ使うそして お金では買えない価値を大切にするそんな 生き方ができればきっと豊かで充実した 人生を送ることができるでしょう母が教え てくれたこの真実は私の人生の大切な指針 となっています母が私に教えてくれた第4 の真実は過去を悔まず未来を恐れずる今を 大切にという言葉でしたこの言葉ほど 101年という長い人生を生きた母親は ないと思います戦争復興高度経済成長 バブル崩壊そして現代まで激道の時代を 生き抜いた母だからこそ到達できた人生 哲学でした母がこの真実を私に語ってくれ たのは母が100歳の誕生日を迎えた時 でした家族みんなでお祝いをしていた時私 がお母さんの100年を振り返ってどんな 気持ちですかと尋ねましたすると母は 穏やかな表情で答えました過去には色々な ことがあったけれども悔んでも仕方がない 未来のことを心配してもどうなるかは 分からないだから今この瞬間を大切にする のが1番よ母の子の言葉には100年の 人生で培われた深い知恵が込められてい ました母の人生を振り返ると確かに様々な 困難がありました戦争で青春時代を失い 戦後の困難期に子育てをし経済的な苦労も 数多く経験しました父の病気子供たちの 反抗機親戚との確質友人との別れ 数え上げれば霧りがないほど辛いことや 悲しいことがありましたしかし母は過去の 出来事を恨んだり後悔したりすることは ありませんでしたあの時は確かに辛かった でもその経験があったから今の私がある 過去を悔んでも何も変わらないしむしろ その時間がもったいないわ母はよくそう 言っていました例えば戦争中の食料につい て話す時も母は恨みましい口調になること はありませんでした仲を透かせた経験が あるから今の食事がどれほどありがたいか が分かるあの体験も無駄ではなかったのよ 母の子の前向きな捉え方は本当に 素晴らしいものでしたまた母は未来に 対する不安を口にすることもほとんどあり ませんでした80代90代になっても死ぬ のが怖いとか将来が心配という言葉を聞い たことがありませんでした未来のことは誰 にも分からない心配しても仕方がないし その時間があるなら今できることをした方 がいい母の子の考え方はとても実践的でし た母が85歳の時軽い認知症の症状が現れ 始めました私たちは将来への不安を感じ母 に相談しましたしかし母は落ち着いた様子 で答えました確かに記憶力は衰えてきて いるかもしれないでも今の私は今の私を今 できることを精一杯やればそれで10分母 の子の言葉に私たちは深く感動しました母 は認知症の信仰を恐れることなく今できる ことに集中していました日記を書いて記憶 を整理したり写真を見て思い出を大切にし たり家族との会話を楽しんだりそんな母の 姿を見て私たちも不安な気持ちが柔らぎ ました母の今を大切にという考え方は日常 生活のあらゆる場面に現れていました食事 をする時は一口一口を丁寧に味わってい ましたこのお味噌汁の味今日はいつもと 少し違うわねきっと出しの加減かしら母は 些細な変化も見逃すことなく今この瞬間の 体験を大切にしていました散歩する時も 道端の花や空の雲を眺めて季節のうついを 楽しんでいました今日の桜は昨日よりも 咲いているわね明日にはもっと美しくなる でしょう母は自然の変化を通して今という 時間の貴重さを感じ取っていました人との 会話でも母は相手の話に全身を集中させて いました過去の思い出話に花を咲かせる こともありましたがそれも今この瞬間を 楽しむためでしたあの時は大変だった けれど今こうして笑い話にできるのが 嬉しいわ母は過去の体験を今の喜びに 変える術を知っていました母が90歳を 過ぎた頃体力の衰えが目に見えてわかる ようになりました階段の登り下りが辛く なり長時間の外出も難しくなりました 私たちは母の体力の衰えを心配していまし たしかし母は自分の変化を受け入れてい ました体が思うようにいかなくなったのは 事実ねでも投いても仕方がない今の体で何 ができるかを考える方が建設的よ母は体力 が衰えた分読書や修芸など座ってできる ことに集中するようになりました以前は 時間がなくてできなかったことを今度は 時間をかけて楽しんでいました若い頃は 忙しくてゆっくり本を読む時間がなかった 今は好きなだけど読書ができて幸せよ母の 前向きな姿勢は私たちにも良い影響を与え ました母が95歳の時私は74歳でした 自分自身の親を感じ始め将来への不安を 抱いていましたそんな私に母はこう言い ましたあなたも過去を振り返ったり未来を 心配したりしているのねでもそれは時間の 無駄よ今のあなたには今のあなたにしか できないことがあるはず母の言葉で私は目 が覚めました確かに過去を悔んだり未来を 心配したりしている時間があるなら今 できることに集中した方がよほど建設的 ですそれ以来私も母のおを実践するように なりました朝起きた時に今日1日をどう すごすかを考える食事をする時は味わって 食べる人と会話する時はその時間を大切に するそんな小さなことから始めましたする と毎日がより充実したものになりました 以前は漠然とした不安や公開に時間を 費やしていましたが今は目の前のことに 集中できるようになりました母が98歳の 時長年の友人がありついで亡くなりました 母と同世代の人たちが次々と旅立っていく 中で母は深い悲しみを感じていました しかし母は悲しみにくれることはありませ んでしたみんなそれぞれの人生を精一杯 生きて旅立っていった私も残された時間を 精一杯生きよう母の子の言葉には知恵の 恐れではなく精霊の感謝が込められてい ました母が99歳の時私は母に訪ねました お母さんは死ぬことが怖くないのですか母 は穏やかに答えました死骸作るかは分から ないでも死を恐れて今を無駄にするのは もったいない今日という日は2度と来ない のよ母の子の言葉は私の心に深く刻まれ ました確かに死はいつか必ず訪れます しかしその時期を心配して今愚かにするの は本末店頭です今という時間こそが私たち に与えられた最も貴重な贈り物なのです母 が100歳を過ぎてからもこの考え方は 変わりませんでした体力はさらに衰え できることも限られてきましたしかし母は 今できることに喜びを見つけていました 孫や暇事の短い会話は窓から見える景色手 に触れる毛布の感触そんな小さなことにも 母は深い喜びを感じていました今の私には これで十分よ感謝の気持ちでいっぱい母の 最後の日もこの真実が現れていました意識 が猛としながらも母は家族の手を握り今 この瞬間を大切にしているようでしたを 振り返ることも未来を暗じることもなく ただ今という時間を静かに受け入れてい ました母の第4論の真実は人生の本質を 表した深い教えでした過去は変えることが できません未来は誰にも予測できません しかし今この瞬間は私たちが自由に選択 できる時間ですこの今という時間をどう 過ごすかが人生の質を決めるのです私も 82歳になった今母の子の教えを心に刻ん で生きています過去の失敗や公開後悔に 時間を費いやすことなく未来への不安に心 を奪われることなく今この瞬間を大切に 過ごしています朝起きた時のすがす々しい 気持ち食事の美味しさ家族との何気ない 会話は空の美しさそんなに地上の小さな 喜びに深い感謝を感じています過去を悔ま ず未来を恐れず今を大切にこの母の教えは どんな年齢の人にとっても価値のある人生 哲学だと思います今という時間の貴重さを 理解しそれを大切に過ごすことができれば きっと充実した人生を送ることができる でしょう母が101年の人生で学んだこの 真実を私も大切に守り続けていこうと思い ます母が私に教えてくれた大後の真実は 死ぬまで学び死ぬまで成長するという言葉 でしたこの言葉は母の101年という人生 そのものを表現した最も印象深い教えでし た年を重ねると多くの人はもう学ぶことは ない成長は若い人のものと考えがちです しかし母は最後の瞬間まで学び続け成長し 続けていました母がこの真実を私に語って くれたのは母が100歳を過ぎた頃でした その日私が母に100歳を過ぎてもまだ 学ぶことがあるのですかと尋ねました母は 目を輝かせて答えました学ぶことに終わり はないのよ101年生きてきたけれど まだまだ知らないことばかりそして学ぶ たびに少しずつでも成長している実感が あるの母の学習意欲は本当に驚くべきもの でした80歳を過ぎてから母は俳句を始め ました新しいことを始めるのに遅すぎると いうことはないわ母は地域のハイク サークルに参加し毎月区会に出席してい ました最初は文字を書くのも大変でしたが 母は諦めることなく続けました下手でも 構わない大切なのは季節の美しさを言葉で 表現しようとする気持ちを母の俳句は 決して上手とは言えませんでしたしかし そこには母の素直な感動と人生への深い 愛情が込められていました朝にヒカルに庭 の花一輪1輪に命これは母が85歳の時に 呼んだです技的ではありませんが母の感性 の豊かさが現れていました90歳になって からも母の学習威力は衰えることがあり ませんでした私がタブレットを自賛した時 母は興味深層に見つめました俺は何が できるのを教えて最初は指の動きも里した ばありませんでしたが母は少しずつ操作を 覚えていきましたインターネットで天気 予報を見たりニュースを呼んだり孫の写真 を見たりこんな便利なものがあるなんて 知らなかったまだまだ世の中には知らない ことがたくさんあるのね母の好奇心は まるで子供のようでした95歳になった時 母は料理に新しい挑戦をしましたテレビで 見た外国の料理を作ってみたいと言い出し たのです今までは食ばかり作ってきた けれど世界には色々な料理があるので一度 作ってみたい私たちは心配しましたが母の 熱いに負けて一緒に材料を買いに行きまし た母が作ったのは簡単なパスタ料理でした 味は今1つでしたが母は大満足でした失敗 も勉強のうちを次はもっと上手に作れる はず母の子の前向きな姿勢は本当に 素晴らしいものでした母の学びは本から だけではありませんでした人との会話から も多くのことを学んでいました近所の若い お母さんから子育ての悩みを聞いては昔の 自分の経験と比較して新しい発見をしてい ました今の子育ては私たちの時代とは随分 違うのねでも子供を愛する気持ちは同じ 勉強になるわ母は年下の人からも謙虚に 学ぼうとしていました病院で知り合った同 年代の人たちとの会話からも母は多くを 学んでいました同じ年齢でもみんな それぞれ違う人生を歩んできているお話を 聞くたびに新しい発見があるの母にとって 全ての出会いが学びの機会でした98歳の 時母は軽い認知症の症状が出始めました 記憶力が衰え時々混乱することもありまし た 母は諦めることなく記憶を保つための努力 を続けました毎日日記を書き家族の写真を 見て名前を確認し昔の出来事を思い出す よう心がけていました記憶力は衰えている かもしれないけれど新しいことを覚える 努力はやめない脳も筋肉と同じで使わ なければ衰るのよ母の子の姿勢は認知症の 信仰を送らせることにもつがったようです も母の前向きな取り組みを評価していまし た母が99歳の時ひ子が生まれました母は 赤ちゃんの世話について現代の育児法を 学ぼうとしました私たちの時代の常識が今 では非常識になっていることもあるので 新しい知識を身につけなければ母は育児 読みインターネットで情報を集め若い お母さんたちからアドバイスをもらいまし たとして現代の育児法を理解した上で自分 の経験を伝えるようにしていました昔と今 の良いところを組み合わせればもっと良い 子育てができるはず母の子の柔軟な考え方 はとても印象的でした母の成長は知識の 習得だけではありませんでした人としての 深みも年を重ねるごとに増していました 若い頃の母はどちらかと言うと頑固な面も ありましたしかし年を重ねるにつれてより 観葉で理解力のある人になっていました年 を取ると色々なことが分かってくる若い頃 は白角で判断していたけれど今はグレーの 部分も理解できるようになった母のこの 変化はまさに人間としての成長でした 100歳を過ぎてからも母の成長は続いて いました体力は衰えましたが心の豊かさは 増していました些細なことに感動し小さな 親切に深く感謝し人との繋がりをより大切 にするようになりました年を重ねることで 失うものもあるけれど得るものの方が多い のよ心が豊かになっていくのを感じる母の 子の言葉はとても説得力がありました母が 最後を迎える数日前私は母に訪ねました お母さんの101年間で1番の学びは何 でしたか母はしばらく考えてから答えまし た人を愛することの大切さしそして愛さ れることの喜びこれは年を重ねるほど深く 理解できるようになった母の最後の学びは 愛についてでした家族への愛友人への愛 そして人間全体への愛母は最後まで愛に ついて学び続け成長し続けていました母が 旅立った後私は母の所斎を整理しました ここには母が最後まで読んでいた本や 書きかけの俳句そして学習ノートがあり ました100歳を過ぎても母は新しいこと を学ぼうとしていたのですノートの最後の ページにはこんな言葉が書かれていました 学ぶことに終わりはない成長することに 年齢は関係ない明日もまた新しいことを 学べますようにこれが母の最後の メッセージでした私も82歳になったは母 の子の教えを実践しています年を重ねても 学ぶことをやめてはいけない成長すること を諦めてはいけない新しいことに チャレンジする勇気を持ち続けなければ いけない最近私はパソコンを習い始めまし た最初は難しくて挫折しそうになりました が母の言葉を思い出して続けています お母さんもタブレットを覚えたのだから私 にもできるはずそう自分に生かせて少し ずつ上達していますまた近所の子供たちと の交流からも多くのことを学んでいます 現代の子供たちの考え方は私たちの世代と は大きく異なりますしかしそこから学ぶ ことも多いのですおじいちゃんそれは古い 考え方だよ孫にそう言われた時私は素直に 受け入れるようにしています年下の人から 学ぶことを恥ずかしいと思ってはいけない それも母から学んだ大切な教えです母の第 5の真実は人生の最後まで輝き続けるため の秘訣でした学び続けること成長し続ける ことそれが生きる喜びであり人生の意味な のです年を重ねることを嘆くのではなく 新しい学びと成長の機会として捉える そんな考え方ができればどんな年齢になっ ても充実した日々を送ることができる でしょう死ぬまで学び死ぬまで成長する この母の教えを胸に私も残りの人生を精 一杯生きていこうと思います明日もまた 新しいことを学べることを楽しみにし ながら母が101歳で旅立ってから2年と いう月日が流れました今82歳になった私 は母が残してくれた5つの真実を胸に毎日 を大切に過ごしています体は正直心は嘘を つく人は1人では生きられないでも1人の 時間も必要お金は大事でもお金より大事な ものがある過去を悔まず未来を恐れず今を 大切に死ぬまで学び死ぬまで成長するこれ らの教えは母が101年という長い人生を かけて学んだ人生の本質に関わる貴重な 知恵でした母が最後に私に残した言葉を今 でも鮮明に覚えていますそれは母が息を 引き取る数時間前のことでした意識が もろうとしながらも母は私の手を握り か細い声でこう言いましたありがとう本当 にありがとうそして少し間を置いてから 続けました私が学んだことを忘れないでい てくれるそしてもしよければ他の人にも 伝えてくれる私は涙をこらえながら答え ましたはいお母さん必ずお母さんの教えを 大切にしますとして多くの人に伝えていき ます母は安心したような表情を浮かべて 静かに目を閉じましたそれが母との最後の 会話でした母の葬儀には本当に多くの人が 散列してくださいました近所の方々昔の 友人病院の看護師さん俳育サークルの仲間 たち年齢も立場も様々な人たちが母をしっ て集まってくださいましたその時改めて 感じたのは母がいかに多くの人に愛され 慕われていたかということでした3列者の 皆さんから母との思い出話をたくさん聞か せていただきましたおばあちゃんに相談 するといつも心が軽くなった困った時に そっと手を差し伸べてくれたいつも前向き で一緒にいると元気をもらえた年齢を感じ させない好奇心で私たちも刺激を受けた そんな言葉をいただくたびに母の生き方の 素晴らしさを再認識しました母は決して 特別な人ではありませんでした有名人でも なく大きな鉱石を残したわけでもありませ んしかし母には人を引きつける不思議な 魅力がありましたその魅力の秘密が母が 教えてくれた5つの真実の中にあったの です体の声に素直に従い健康を大切にし ながらも心の嘘に惑わされない生き方人と の繋がりを大切にしながらも1人の時間も 確保するバランスの取れた人間関係お金の 価値を理解しながらもお金では買えない 大切なものを見失わない価値観過去 に囚われず未来を恐れず今この瞬間を大切 にする時間の過ごし方そして最後まで学び 続け成長し続ける向上心これら全てが 組み合わさって母の人格を形成していまし た母をなくしてから私自身も大きく変わり ました以前の私は年を重ねることに不安を 感じ将来への心配ばかりしていました しかし母の教えを実践するようになって から毎日がより充実したものになりました 朝起きた時まず体の調子を確認し今日1日 をどう過ごすかを考えるようになりました 食事の時は一口一口を丁寧に味わい食材へ の感謝を忘れないようにしています人と 会う時はその時間を大切にし相手の話に 真剣に耳を傾けるようにしています1人の 時間も以前より楽しめるようになりました 読書をしたり散歩したり自分と向き合う 時間として活用していますお金の使い方も 変わりました本当に必要なものとそうで ないものを見極めるようになり人のために 使うお金の価値を実感していますそして 新しいことを学ぶ楽しさも知りました パソコンを習ったり地域のボランティア 活動に参加したり年齢を理由に諦めること を辞めました母の推しを実践していると 不思議と心が軽やかになります以前は漠然 とした不安や心配に時間を費いやしてい ましたが今は目の前のことに集中できる ようになりました年を重ねることへの恐れ もだいぶ柔らぎました母の生き方を見て いると年を重ねることも悪いことではない と思えるようになったのです体力は衰える かもしれませんが心の豊かさは増していく 知識や経験は積み重なり人としての不可に も増していくそんな年の重ね方ができれば 最後まで充実した人生を送ることができる でしょう今私は82歳ですおそらく人生の 残り時間はそれほど長くないでしょう しかしだからこそ1日1日を大切に過ごし たいと思います母が教えてくれた5つの 真実を胸に残りの人生を精一杯生きていき ますそして機会があれば母のお他の人にも 伝えていきたいと思います母の知恵が1人 でも多くの人の役に立てば母きっと喜んで くれるでしょう視聴者の皆さんにも是非お 願いがありますもし今日お話しした5つの 真実の中で心に響くものがあったら是非 実践してみてください全てを1度に実践 する必要はありません1つずつできること から始めてみてください体の声に耳を 傾けることから始めてもいいでしょう人と の繋がりを大切にすることから始めても いいでしょうお金との上手な付き合い方を 考えることから始めてもいいでしょう今と いう時間を大切にすることから始めても いいでしょう新しいことを学び始めること から始めてもいいでしょうどれから始めて も構いません大切なのは始めることです そして続けることです母も1日で今のよう な人になったわけではありません101年 という長い時間をかけて少しずつ学び少し ずつ成長していったのです皆さんも焦らず 自分のペースで1歩ずつ歩んでいって ください年を重ねることは決して悲しい ことではありませんむしろ人生の深みを 味わう貴重な機会なのです母の生き方が 証明してくれたように100歳を過ぎても 学び続け成長し続けることができるのです として最後まで人を愛し人に愛される人生 を送ることができるのです母の教えを私 1人の胸に閉まっておくのはもったいない と思い今日子のようにお話しさせて いただきました母の101年の人生が皆 さんの人生に少しでもお役に立てればこれ 以上の喜びはありません最後に母が好き だった俳句を1つ紹介させていただきます 夕日見て今日も1日ありがとこれは母が 98歳の時に呼んだ区です毎日感謝の 気持ちで終えるそんな母の生き方がよく 現れていると思います皆さんも毎日を感謝 の気持ちで過ごしていただければと思い ます今日という日は2度と戻ってこない 貴重な1日ですその1日をどうか大切にお 過ごしください長い時間お聞きいただき ありがとうございました母の教えが皆さん の心に少しでも響いたならとても嬉しく 思いますそしてもしよろしければこの チャンネルの登録ボタンを押して いただけると幸いですまた今日の動画が 良かったと思っていただけましたら高評価 ボタンもお願いいたします皆さんからの 応援が私にとって大きな励みになります これからも人生の後半を豊かに過ごすため のお話をお届けしていきたいと思います コメント欄では皆さんの体験談や感想もお 聞かせくださいきっと他の視聴者の方々に とっても参考になると思いますそれでは また次回の動画でお会いしましょう皆さん が健康で充実した毎日を過ごされることを 心からお祈りしています本日は最後までご 視聴いただき本当にありがとうございまし
この動画では、「101歳の母から学んだこと」を解説しています。
あなたの今後の生き方の参考になれば幸いです。
このチャンネルは、シニア期をより充実させるアイデア、心身のウェルネス、そして人生後期を自分自身の価値観で進むためのアドバイスを共有しています。
思想や人生哲学、日常の発見から、長い旅路をどのように進むべきかを共に模索しましょう。
現在を大切にしたいすべての人々を支えるチャンネルにしたいと考えています。
励みになりますので、チャンネル登録もよろしくお願いします。
https://www.youtube.com/channel/UC1it96t3TYuXF-Mabare4dA?sub_confirmation=1
この動画はフィクションです。事実と異なる点があることを了承のうえ、エンタメ作品としてご視聴ください。
VOICEVOX:青山龍星
#老後 #高齢期 #生き方 #人生の花園 #60代 #70代 #老後破産 #健康 #人間関係 #老人ホーム #知恵







10件のコメント
素晴らしいお話です。私も毎日成長していきたいと思います。ありがとうございます。🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉🎉😊😊😊😊😊
貴重な話をありがとうございます。65歳これからの人生希望を持って過ごして行けそうです。😊
何処の何方か知りませんが、素晴らしい生き方、ソクラテス、仏陀の考えと同じ
口数少ない方がいい
わかるけどね
考えるように
一言で充分
全部話しても
かえって薄っぺらい
ありがとうございました。🎉😂❤
元々が元気な方でしょう、私の母も、100才まで生きてくれました、働き者で、手術を一回もしたことのない人です、麻酔をかけたことがない人、最後まで動いていました、止まったら死ぬ人でした
ありがとうございます。
私は今日の動画で
自分の生き方は
間違ってなかったと
背中をなでてもらった感じです!
感謝🎉🎉🎉🎉🎉
最高ですね 幸せです
私の母は92歳で亡くなりました
母は1人で私と弟を育て自分の母親と妹たちの面倒も見て
きました。
私の父親は私が生まれてからすぐに家を出てしまいました
事情はよくは知りませんがきっと母の母親や妹たちが
一緒にいて養っていかなければいけない重圧に耐えられなかった
からだと思います。祖母も2度結婚し2度も夫に先立たれました
体が弱く母に頼らざるおえなかったようです
母は夫が出ていき私も育てなければならずで大変だったと思います
しばらくして大きな運送会社の息子と知り合い弟が生まれましたが
結婚することはできずお金をもらって別れたようです
弟は母が引き取り育てました
母は小さなスナックのママとして60歳近くまで働きました
小さいながらも大学生のお坊ちゃんやら証券会社の方たちなど
雄弁な母を気に入ってくれてお馴染みさんになってくれました
勧められた株を買ったりして儲けたこともあり資産をある程度
貯めることもできました。店を辞めてから家から遠いところまで
電車で通って外人さんたちの住む大きなマンションのお掃除も
していました。時たまこんなものをもらえたと住民が捨てようと
思った服などをもらってきて結婚して貧しく暮らす私の元に
持ってきたりしました。貧乏性でしたがこの頃からは絵を習って
サークルに入ったりバンドの方たちと仲良くなったのか一緒に
歌を歌ったりしていたようです
亡くなった後から写真を見て知ったのですが有名人の
パーティのようなところにも参加してたようです
旅行にも近場のようですがいろんな人たちと出掛けていたようです
私は子育てに忙しく一時は母と疎遠になっていました
弟のところにも3人の子供ができ母の家の近くに住んでいたので
そちらにはまめに通って面倒を見ていました
弟が大好きな母でしたが弟は仕事中に心臓発作を起こし亡くなりました
タバコがやめられずかなり太っていたので心筋梗塞になったようです
母はしばらく意気消沈していましたが弟の息子の面倒を見ることで
元気を取り戻したようです
お嫁さんのことは愚痴ばかりでしたが施設に入る時にはお嫁さんに施設の
世話をしてもらい頼っていました。私も歯医者通いの付き添いを頼まれて
主人と共に何度か付き添いましたが電車とタクシーとかでいかねばならず
大変でしたので施設の歯科に頼めることになりました
ボケが始まった頃は通帳がなくなったとか指輪がなくなったと騒ぐようになり
一度施設を変わったもののまたもや夜に呼んでもきてもらえないとか色々と
言い出して私に夜中に電話してきたりするのでこちらの近くの施設に移しました
こちらでも2度施設を変えました。施設の方も忙しいようでなかなか徹底したお世話は
望めませんでした。お金をたくさん使いましたが四つめの施設で92歳で亡くなりました
祖母は69歳でなくなっているのでまぁ長生きした方でしょうか
私と母とはそれほど仲良しの親子ではありませんでしたが最後の施設では車椅子に乗せて
一緒に近くの小さな川の休憩場まで行って果物やスィーツを食べさせて昔話を
聞いたりしました。私の息子も何度か一緒に付き添ってくれました
私も70歳を前にして足や腰が悪かったので自転車で施設まで通いしんどい時は
息子が母の車椅子を押してくれ一緒に写真を撮ったりしてました
iPadのアルバムに母との写真が入っているので時々ホームのところに母の写真が
出てきて私のこと忘れないでよと言っているようで少ない母との思い出を思い返しています
ありがとうございます🙏
母98才、私74才、教えられることが沢山あり、なるほど納得することもあります。
全て、真実の教えと受け取りました。今を、1日1日を精一杯生きなくてはならないと〜
感謝します🙇🙏