平成ムサコ筍伝

    【平成29年度東京都広報コンクール 映像部門 第2席 受賞作品】

    大成功ですね
    もう、日本三大祭りの一つと言っても過言ではないですね。

    時は平成。品川の武蔵小山でとんでもない祭りが開催された。どんな祭りかっていうと、大鍋で春の名物タケノコ汁を作ってふるまっちまおうっていうとんでもなく太っ腹な企画。タケノコ汁を作るのは今や、破竹の勢いの笠原シェフ。テレビでお馴染みの人気者が作った春の味を楽しめるってありゃ、飛びつかないはずはない!で、ご覧の行列。駅前ロータリーが人、人、人で埋め尽くされる。すごい祭りじゃ、ないですか?

    おいしいです。
    すごいですね、タケノコのチカラって!こんなに人が呼べるんですね。

    タケノコの力はすごい。そうそう。タケノコの力は偉大なのです。え?なんでタケノコかって?あなた、ご存じじゃないですか?武蔵小山のタケノコを知らないなんて、それじゃあ、お話ししましょう。平成ムサコ筍伝!はじまりはじまり。

    武蔵野台地の東のはずれ。いまじゃ、品川区の武蔵小山と呼ばれる、この地は、タケノコとかかわりの深い街。
    駅前ロータリーをよく見ると、ここにタケノコあり!商店街会館なんて金びかのタケノコ。この地をまもる消防署のマークもタケノコ。近くの小学校の校章にもタケノコ。武蔵小山はタケノコの町ってわけだ。え、それじゃあ、なんでタケノコかわからないって?慌てなさんな。ちゃんとお話しいたしますよ。
    答えは本の中にこそあれ!
    時は、江戸幕府がこの地を治めていた頃にさかのぼる。武蔵小山一帯はとんでもなく貧しかった。庶民の暮らしを良くしよう。と、立ち上がったのが築地で廻船問屋を営んでいた山路治郎兵衛。治郎兵衛は今でいうアイデアマン。冴えものの商人ってわけだ。治郎兵衛が目をつけたのがタケノコ。そのころ、薩摩のお屋敷でしか栽培されていなかったタケノコを武蔵小山で栽培して、大成功を収める。武蔵小山はタケノコのおかげで潤ったってわけだ。治郎兵衛すごいだろ?
    治郎兵衛の功綬を伝える石碑が、武蔵小山の一角にある。そして、このお方は治郎兵衛の子孫。武蔵小山の人々が、タケノコ祭りをやるとなって、集まったのが6年前。治郎兵衛に、祭りの成功を誓ったこのメンバーは、武蔵小山の今を支える商人たち。治郎兵衛と同じ商人ってわけだ。

    すごいイベントを立ち上げたと聞いて感心しております。どうぞ、よろしくお願いいたします。

    いつの時代も、町の賑わいのために働くのが商人。そして、とんでもないアイデアを考え出してしまうのも、商人ってわけだ。

    ひとつの商店街が、俺だ俺だっていう時代はもうないよね。って。武蔵小山全体が力を合わせる時代だって、ずっと思っていたんですよ。やっぱ、最初はちょっとぎくしゃくしました。いろんなご意見があったわけだけれども、なんか、こう、武蔵小山の名物を作ろうって、共通認識ができて、何位もないところからアイデア話出すわけですから、言っただけじゃあなく具現化するには、もう突っ走るしかないと。その結果じゃあないかと思っています。

    タケノコ汁は商人たちの熱意から完成した。

    6年の月日が流れ、今年も春がやってきた。
    のどかな日本の原風景。ここがどこかって?

    千葉県は房総半島の真ん中にある大多喜町。
    大多喜町を知らないって?そいつはいけない。タケノコ祭りに大多喜町あり!それくらい、武蔵小山にとっては大切な存在なのが大多喜町。
    かつては、タケノコの町として栄えた武蔵小山も、今じゃその面影すら残っていない。タケノコがなきゃ、はじまらない。ってことで、協力を申しでてくれたのが大多喜町。関東屈指のタケノコの産地。徳川四天王の一人、本多忠勝が治めたこの町には、タケノコだけじゃなく、大鍋まであった。門外不出の大鍋とタケノコ。さらには、ほかの野菜まで、全部協力してくれているのが大多喜町。タケノコ祭りに欠かせない大切な存在ってわけだ。
    それを聞きつけて、この人が助っ人に現れた。昨年のタケノコ汁の味に納得がいかなかったという笠原シェフが、下ごしらえから参加したいと、大多喜町を訪れた。テレビでお馴染みのスターの登場に、ばばちゃんたち大興奮!イケメンシェフが突然現れたら、みんな乙女の顔になっちゃいますよ。

    そして、いよいよ下ごしらえ。
    笠原シェフの一挙一動に、ついつい目を奪われる、ばばちゃん。
    こういう形があったほうがうまそうじゃん。
    これが笠原シェフのこだわりだ。
    みなさんがこういう形で下ごしらえをしてくれているという所が見えて。作る方もさらにおいしく作ろうっていう気になるじゃあないですか。
    じゃあ明日のたけのこ汁は?
    今年のタケノコ汁は期待できそうだ。 下ごしらえは日暮れまで続いた。

    一夜明けて、第ニラウンド開始。 朝早くから、役者が徐々にそろっていきます。
    おはようございます。今日は良い天気で、6回目にしてようやく晴れました。
    晴れましたねぇ
    口ぐちに晴れましたね。ってそんな挨拶もおかしいでしょ?でも、今年は6年目にしてようやくの晴れ。6年も、雨続きの祭りなんてそうそうない。待望の晴れに、皆さんの表情も晴れ晴れしい。
    こちらの皆さんは、タケノコ汁のマスコットたけまるくんの生みの親、東京造形大学の皆さん。担当する山際先生とも6年の付き合い。今じゃ、大学の学長という大先生に向かって、それもタケノコの力だよ!なんて言っちゃうのが武蔵小山の人々。武蔵小山にかかったら、なんだってタケノコのおかげなのだ。
    大多喜町町長に、笠原シェフ。やっぱり気になるのは、空模様。
    そしてそして、ばばちゃんたちも到着。
    今日は、この写真を飾って頑張るそうだ。
    役者はそろった。 ここからが勝負。
    大鍋で作るタケノコ汁は、なんと3000食。並大抵の仕事じゃない。昨日下ごしらえした野菜たちが、あっという間に大鍋に飲み込まれちまう。そして、皆さんの胃袋に飲み込まれちまうってわけだ。
    頑張っているのは笠原シェフだけじゃない。
    みんなで、一丸となってタケノコ祭りを盛り上げようって気構えだ。
    そうこうしているうちに、店開き。早速行列を作っていたのは大多喜町のお店。ばばちゃんたちのお惣菜に、大多喜町の新鮮なタケノコ。飛ぶように売れていく。
    武蔵小山の皆さんだって、負けてない。パルム商店街に、後地商店街。
    荏原四丁目町会のえばよん焼きそばも登場だ。
    子どもたちが集まるのは東京造形大学のお店。
    たけまるくんも、大人気だ。
    お次は高校生。武蔵小山駅前の小山台高校の生徒たち。ダンスもブラスも学力も全国トップレベルの優秀な高校生たち。それだって、タケノコのおかげなのだから!と、毎回ステージに担ぎ出されて、祭りを盛り上げる。
    魅力的な出店に、華やかなステージ!そんなことに、見向きもせずに、ひたすら時を待つ人たちもいる。
    待てば海路の日和あり。なんて言うけど、3時間も待つなんて日本人は気が長い。
    そうこうしているうちに開会式の幕開けだ。
    どんどん筍を食べて、楽しんでいただければ
    6回目の正直でやっと晴れました。ハレの日のタケノコを皆さんは初めて食べることになると思います。
    そしてもちろんこの人もご挨拶。
    皆さんこんにちは、ムサコたけのこ祭りのイメージボーイ笠原です。今日は、ムサコでお買い物をしていただきまして、武蔵小山の経済発展に。タケノミクスと名付けようと思います。では、そろそろたけのこ汁に味噌をときいれるメインイベントがやってきました。
    メインイベントの「味噌入れ!」これがまた重労働。汁をくみあげて、味噌をといて、汁を戻して、かき混ぜて・・・くんでも、といて、もどして、かき混ぜて・・・ひたすらこれの繰り返し。熱視線を浴びてたら、休む暇なんてない。作り始めからおよそ4時間!ようやく・・・
    待ちに待ったタケノコ汁の完成です!
    3時間待ちのお嬢ちゃんたちもようやくありつけた。
    おいしいです
    今年のタケノコ汁は大好評。大多喜町産の新鮮なタケノコに、大根、ニンジン、ゴボウに豚肉。豪華絢烱これがムサコのタケノコ汁!
    子どもも大人も、ひとたび口にしたら、笑顔がこぼれる。
    おかげで、武蔵小山はごらんの賑わい!
    治郎兵衛さんもびっくりだぁ!
    賑わいの影に、汗を流す人あり!
    天気が良いのも考え物。暑さとの闘いに、さすがの笠原さんもご覧の通り。
    一方こちらは、清々しい笑顔。

    ばばちゃんたちのお店も完売です。
    一仕事おえて、タケノコ汁を味わいます。
    ばばちゃんたちの姿に町長も大満足。
    来年も期待していますよ。
    配布からおよそ2時間。
    3000食に到達。
    ようやく、ムサコの皆さんもタケノコ汁を昧わいます。
    今年もまた反省。でも、だから、来年に繋がる。
    タケノコの力で町を豊かにしよう。その志は、治郎兵衛から、平成を生きる武蔵小山の商人たちに受け継がれてきた。いつの時代も賑わいを生み出すのは、商人たち。武蔵小山駅前口ータリーを埋め尽くす人々の姿は、平成武蔵小山の春の風物詩!
    平成ムサコ筍伝!物語は来年に続く・・・

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